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プロ野球“ハンカチ世代”の光と影。育成契約から這い上がった投手の野球人生

“育成仲間”が先に支配下登録

黒沢翔太 育成選手として迎えた2年目も、黒沢さんが支配下登録されることはなかった。しかもこの年、前年戦力外を受けなかったもうひとりの“育成仲間”が先に、支配下選手に登録されたのだ。 「2年目の途中から、たった一人の育成選手です。もう時間がない、次(3年目)が勝負だなとは思いました」  大学卒業後にプロ入りした黒沢さんは3年目、25歳。一般的には若者として括られるが、プロの世界では決して若いとはいえない年齢である。後がない……と表現してもいいかもしれない。  そして、「今年が勝負」と覚悟を決めて臨んだ3年目、黒沢さんの運命が動くことになる。同年のイースタンリーグで好成績を残すことに成功したのだ。

「スーツで球団事務所に来てくれ」運命の電話

「育成選手の支配下登録期限が毎年7月31日なんです。3年目のその年、他球団では7月20日頃から、支配下登録される選手が続々と発表がされ始めていました。でも、僕には何の連絡もなかった」  この時、黒沢さんには半ば諦めの気持ちがあったという。 「寮長とも『今年もないか~、来年どうしようかね?』なんていう話をしていました(笑)。今年もだめだったか…と」  だが、タイムリミットまで残り1日と迫った7月30日の朝、一本の電話が鳴るのだ。 “これから球団事務所に、スーツで来てくれ”  こうして黒沢さんはこの日、念願の支配下選手として球団と契約することになる。それまで背負っていた3桁の背番号が2桁になり、一軍の試合に出場できる権利も獲得した。リミットギリギリ、駆け込みでの吉報だった。 「嬉しかったですね。これからやってやるぞ!という気持ちでした」  プロ3年目で育成から這い上がった黒沢さんはその後、一軍の舞台で大谷翔平(ロサンゼルス・エンゼルス)ら、バケモノたちと対戦することになる。彼のプロ野球人生は残り4年だ。 <取材・文/日刊SPA!取材班 撮影/鈴木大喜>
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