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おっさんが同じ話を何度もする呪い。青春時代の記憶は都合よく改ざんされて…

なんと麻実ちゃんが取った行動は……

 本田さんは机の下で強いくガッツポーズをした。麻美ちゃんに頼まれたら、ちょっと驚きつつも、本当はそういうキャラじゃないんだけど、麻美ちゃんが言うなら書くか、みたいな硬派スタイルで受諾しようと考えていた。何度も妄想し、自室で練習したやり取りだ。 「最後にメッセージ書く欄があってな、けっこう大きい余白なんだよ。そこにドラゴンボールの悟空のイラストを書いて『ぜってえ連絡くれよな!』って書こうと思っていたんだ」  本田さんはそう言う。この部分はループごとに変わっていて、「聖闘士星矢」のフェニックス一輝を描いて「俺は不死鳥、不死鳥は何度でも蘇る」って書こうと思っていたパターンも存在する。プロフィール帳で不死鳥であることをアピールして何をしたいのだろうか。  また、幽遊白書の飛影を描いて「ふん、いつまでも友達だからな」と書こうとしたパターンも存在する。飛影はそんなこと言わない。  プロフィール帳の1ページを手に困惑する麻美ちゃん。本田さんの胸は高鳴った。絶対に俺だ。服部であるはずがない。俺だ。彫刻刀も盗んでいない。無限とも思える時間が流れ、時計から聞こえる秒針の音が異常な大音量に聞こえたという。 「うーん、やっぱいいかな」  あろうことか、麻美ちゃんは残った1ページをビリビリに破り捨てた。こいつらに頼むくらいなら破り捨てる。散り行く武士のような潔さだ。

「服部がかわいそうだと思ったんだろ」

「麻美ちゃんは優しい子だったからな、あそこで俺にだけ頼んだら服部がかわいそうだと思ったんだろ。あのとき教室に服部さえいなきゃなー」  本田さんの解釈は少しだけ違う。たぶん、そういうことではないのだろうと思う。でも本田さんはそう思いたいのだ。  これはもう、呪いのようなものだ。諦めきれない何かがある。あの時こうしていれば。それが大きな勘違いだったとしても、その思いがおっさんを縛り付け、同じ話を何度もさせるのだろう。 「お前もそう思うだろ」 「そうですね、本田さんは彫刻刀盗んでないですし」  適当に返答しておく。  まれに、そういった円環に身を沈めたおっさんのループ話に「その話、前にも聞いた」みたいな無粋な指摘をする人がいる。あなたが聞いたか聞いていないかは問題ではないのだ。それは呪いなのだ。どうかゆっくり聞いて、前に聞いたときとの違いを楽しんでほしい。 <イラスト/井上菜摘 @natsumi19900325
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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