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人がゴミだと思うものにだって、価値がある――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第80話>

 昭和は過ぎ、平成も終わり、時代はもう令和。かつて権勢を誇った“おっさん”は、もういない。かといって、エアポートで自撮りを投稿したり、ちょっと気持ちを込めて長いLINEを送ったり、港区ではしゃぐことも許されない。おっさんであること自体が、逃れられない咎なのか。おっさんは一体、何回死ぬべきなのか――伝説のテキストサイト管理人patoが、その狂気の筆致と異端の文才で綴る連載、スタート! patoの「おっさんは二度死ぬ」 今の子供たちはどこでエロと出会うのだろうか。そんな話を懐かしい友と交わした。  その友は、小学生の頃から近所に住んでいたやつで、そこまで親友というわけではないが一緒に遊ぶし、会話もする、という関係だった。ただ、中学生くらいになると急に疎遠になったような気がする。だから思い出の中の彼はいつも小学生だ。  先日、久方ぶりに帰省した時にその彼と偶然に出会った。地元の田舎町に新しくできた巨大なショッピングセンター、僕が子供だった頃はただの荒れ地だった場所だ。そこでストロングゼロでも買いますかねと酒コーナーを物色していると、同じくストロングゼロを物色しているおっさんがいた。 「あれ? もしかして?」 「ああ、もしかしてそう?」  お互いが、大切な宝物のようにストロングゼロを抱えて感動の再会となった。 「こっちかえってきてんの?」 「うん、まあ帰省だよ」  僕がそう答えると友人ははにかむようにして笑った。 「俺は相変わらずよ。俺みたいなの、今は子供部屋おじさんっていうんだろ? それともニートか?」  そう言って今度は高らかに笑った。  二人してしっかりとストロングゼロを購入し、ショッピングセンターを出る。ショッピングセンターの隣は相変わらず空き地で、狂ったように草が茂っていた。 「そういやここって何もなかったんだよな」 「けっこう遊びに来たよな」  広大な駐車場を走る多くの車、楽しそうに歩く家族連れ、カートに山盛りの商品を載せているおばさん。すっかり賑やかになってしまった風景を眺めながらそんな会話を交わした。  小学生だった僕らにとって、このあたり一帯は少し遠出をして遊びに来る場所だった。広大な空き地で、いろいろなものが捨ててあり、それを見つけては大騒ぎする。いつだって大冒険だった。 「そういえば」 「ああ、そうだ! キテレツ斎さまだ!」 二人は同時に何かを思い出した。そう、このすっかり賑やかになってしまったこの場所で、僕らは確実に冒険をしていたのだ。
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空き地で見つけた、とんでもない宝物
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