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なぜ加害者は匿名で被害者は実名?立川男女殺傷事件で改めて問う、実名報道の是非

時に被害者とその家族の尊厳をも傷つける報道

 ’96年に他校生の一方的な暴力で息子を失った武るり子・少年犯罪被害当事者の会代表も報道被害の深刻さを知る被害者家族の一人だ。 「少年が少年をリンチして命を奪う事件では、『喧嘩の末に』などと表現されることが少なくありません。そのため、被害者にも非があったように見られがちなのです。  当然、加害者の名は公表されないので、被害者だけが晒されて遺族に心ない言葉が浴びせられることもある。反省のないまま少年院を出た加害者が地元に戻って、被害者のあらぬ噂を振りまくこともある。遺族は怒りと不安で外出もできなくなる。引っ越しを余儀なくされる被害者遺族も多いのです」  ’83年に保険金殺害事件で弟を亡くした原田正治さんも報道被害に悩まされた一人だった。 「当初は交通事故で亡くなったと聞かされていたのに、1年経ってから弟が勤める会社の社長による保険金殺人事件だとわかったもんだから、僕も家族もずっとメディアに追いかけられた。土足で家に上がり込んだ記者もいました。  弟が加入していた自動車保険の保険金は家族が受け取っていたのですが、事故でなく、事件だとわかったもんだから保険会社から返還請求を受けたんです。そういう話もメディアは書き立てるから、家族みんな近所から白い目で見られたものです」  原田氏曰く「被害者とその遺族に対する配慮が欠けたメディアの姿勢は変わっていない」。一方で、今回の立川事件の加害者をめぐる報道姿勢にも問題があるという。 「僕は弟を殺した犯人に極刑を求めました。報復したい気持ちもあった。でも、事件から10年経って怒りをぶつけようと拘置所に面会に行ったときに、『申し訳ございません』『これでいつでも死ねます』と言われて、思わず『そんなこと言うなよ』と答えてしまったんです。  本当に更生したのかはわかりませんよ。でも、謝罪の言葉は本物だと感じた。それから何度も面会するなかで、死刑に反対するようになっていった。犯人はすでに死刑に処されましたが、その犯人の息子は事件後に自殺してしまいました。何の罪もない家族まで巻き込んだんです。  今回、未成年の加害者の実名を報道するメディアが現れましたが、それによって罪のない人たちが苦しむことを考えなくてはならない。当然、更生の機会を奪う所業でもある。メディアはその責任を負えるのでしょうか?」  時に被害者とその家族の尊厳をも傷つける報道に意味はあるのか……? 改めて考えるときだ。

犯罪被害者の「報道被害」が問題視された過去の事件

1997年3月9日 東電OL殺人事件 渋谷区内のアパートの一室で女性が絞殺された事件で、当事、被害者が「昼はエリートOL、夜の顔は渋谷の街を彷徨う街娼」などと報じられた 1999年10月26日 桶川ストーカー殺人事件 女子大生が元交際相手らにストーカー行為を受け、桶川駅前で刺殺された。一部のメディアは風俗店従業員など憶測の内容を流して批判を浴びることに 2001年9月1日 歌舞伎町ビル火災事件 歌舞伎町にある雑居ビルが出火し、キャバクラや風俗店などの従業員を含む計44人が一酸化炭素中毒で死亡。被害者の女性や客などが実名報道された 2002年10月12日 アベック焼死事件 長野県の河川敷で炎上した車から男女の焼死体を発見。被害者女性(当時24歳)はAV女優としても活動していたため、実名報道後にネット上で拡散 2010年9月26日 池袋出会いカフェ殺人事件 池袋のラブホテルで女子大生(当時22歳)の変死体が発見され、出頭した加害者男性が「出会い系カフェで知り合った」と供述して真相が明るみに 2017年12月17日 大宮風俗ビル火災事件 大宮駅前のソープランドが入るビルで火災が発生。従業員や客とみられる被害者を実名報道したNHKなどにプライバシー侵害を指摘する抗議の電話が 2017年10月30日 座間9人殺害事件 SNSに自殺願望を書き込んだ15歳から26歳までの男女9人が殺害・遺棄された。被害者家族がマスコミに実名や顔写真の報道を控える嘆願書を送った 2019年7月18日 京都アニメーション放火殺人事件 アニメ制作会社のスタジオに侵入した男が放火し、36人の犠牲者を出した。事件後、被害者を実名報道するメディアに批判が殺到した
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警察“広報”を垂れ流す日本のメディアの異常性を認識せよ
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