エンタメ

<純烈物語>恩人・前川清と迎えた座長公演千穐楽は笑いあり、アドリブあり、そして……<第106回>

純烈明治座

<第106回>アドリブでも楽しませた明治座千穐楽公演 第2部ゲスト・前川清とのやりとりの中で――

「今回の公演の経験が今後どう生きていくのかは、千穐楽にならないとわからないですね。それほど、いろんな部分での未知の世界というか。逆にいい意味で混とんとしているから、明治座という大プレッシャーをあまり意識せずに済んでいるプラス要素もあるのかもしれない。それほどテンパっている状況なので一瞬、今日ここが(デビュー当時に経験した)浅草公会堂に見えて、公会堂の雰囲気を感じることでリラックスできた瞬間があった。  前川清さんが夢の中に出てきて純烈を組んだ不思議体験があったじゃないですか。あれと同じで説明できない何かが今起こっていて、不思議な因縁が明治座と自分自身にあるんだとしか思えないんですよ。プラスとマイナスの両方で、自分がエンターテインメントに従事する人間として乗り越えないとあかんよというハードル、命題を明治座さんが必ず持ってきてくれる」  純烈プロデューサーとして、器から素材選び、そして調理までのすべてを統括してきた酒井一圭にとって、明治座初座長のタイミングで訪れた内なる闘いは、子役として右も左もわからずガムシャラに目の前のやるべきことと向き合っていた、あばれはっちゃく当時と近いものに感じられたという。何もできないながら抜てきされ、熱でぶっ倒れて病院に連れていかれ、セットに引き戻され撮影が再開されたあの時代。  できなくて必死なのに、そうやって周りに持っていかれることで人間の持つ機能を最大限に使い、これは無理だ、ヤバいと思いつつも結果的にはやれていた。今回、稽古に入ってから前半1週間はセリフがまったく入ってこなかった。すでにみんな台本を持たずに進めている段階でも、酒井一人が手に持ったままだった。  名古屋・御園座の時も寒暖差アレルギーで咳込み、コロナの中で他の人たちに不安を抱かせてはと換気のいいところへポツンと座っていた。その時の集団から外れている感覚へ、再び見舞われた。

「もう一人の自分は稽古場で何もできないんだけど……」

 そこで酒井はドライブレコーダーのように稽古場を見て、寝ている間に脳と体の動きをつかさどる神経が稼働することで憶えるという秘策で乗り越える。それによるやるぞ!と前向きな気持ちが後押しし、ようやく台本をテーブルに置けたのだ。 「子役をやっていたからなのかそういうタチだったのか、もう一人の自分は稽古場で何もできないんだけど、今回の公演が晴れ舞台にちゃんと見えるよう、プレイヤーとしてやりきろうとする自分が同時にいるので、そこは冷静になれました」  思うように進まぬ中、周囲から「明治座は晴れ舞台」との言葉が入ってくる。酒井はそれどころの状況でなかったから、そこに違和感しか覚えられなかった。  そうなると、晴れ舞台の形で成立させるための自発的な意志が必要となってくる。「エンターテインメントに従事する人間として乗り越えないとあかんハードル」が、そこにあった。  初日は、演者もスタッフも手探りしつつの堅実なスタート。お芝居→休憩→コンサートという定刻通りのパッケージが明治座スタイルだから、そこが何よりも最優先された。 「時間通りに終わって、お食事してもらって2部が始まり、終わる。その中でまた来ようと思ってもらえることが大切なので、昨日のギリギリまで尺がちょっと長くなるから縮めましょうと制作陣も苦労して、僕らも通し稽古が終わった段階でもダメ出しして、昨日の夜に体へ入れ込んで今日やった形だったんです。  時間とお客さんの満足度を微調整しながら味を決めていくのが本来の自分の作業なんだけど、今回はそれも預けているので長くなる要因が自分だったりする。アドリブもあった方が普段の距離感で見てもらえるんだろうけど、ここだからこそ見られる純烈……普段っぽい純烈もありだけど、普段っぽくない純烈も明治座だから見られたとお持ち帰りいただいたいので、それを全うするのが自分にとって意味のあることだと思ってやります」
次のページ
千穐楽はフリースタイルに
1
2
3
Cxenseレコメンドウィジェット
ハッシュタグ
おすすめ記事