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ウンコを我慢して薄れる意識の先に見えた、彼岸花

タクシーが来るタイミングによっては決壊もありうる状況だった

 ただ、一つの懸念事項があった。来ないなら来ないでここで漏らしてしまえば済む話だけど、問題は臨界直前の微妙な感じで来られた場合だ。そうなった場合、タクシー内で漏らすこともありえる。ここで漏らせば目撃者はいないけど、タクシーで漏らせばいたずらに目撃者を増やすことになってしまう。判断が難しいところだ。  10分くらい経過した頃合いだっただろうか。奇跡的に黄色いタクシーが遥か先の農道を通った。そう、田園風景しか存在しないので異常に見通しが良いのだ。目印はなくともそこにタクシーが来ればたやすく発見できるのだ。精いっぱい大きなジェスチャーで存在をアピールする。 「電話いただいた彼岸花のほうですか?」  彼岸花のほうってなかなか風流だなと思いつつタクシーに乗り込む。さすがにウンコしたいのでウンコできる場所お願いしますとは言えないので、近くのスーパーかパチンコ屋に行きたいですとお願いした。だいたいその手の施設はどんな地方であっても存在するし、トイレが設置されているからだ。  10分ほど走ると、予想以上に大きなスーパーがあった。どうやらホームセンターも兼ねているようで、なかなかの大きさだ。絶対にトイレがあると確信するレベルの大きな店だった。助かった。まだ持ちそうだ。急いでタクシー料金を払い、トイレに駆け込む。そのトイレはスーパー部分とホームセンター部分の境目みたいな場所にひっそりと存在した。

しかし大便ブースはすべて塞がっており……

 うおー、間に合ったぞ! とトイレに駆け込むも、なんと、大便ブースは超満員ソールドアウト。というか店の規模がデカいわりにトイレの規模は小さく、大便ブースが2つしかなく、しかも片方は「便器が割れているため使用禁止」と張り紙がされていた。何がどうなったら便器が割れる事態になるのか分からなけど、使える大便ブースは1つのみ。そちらも強固に扉を閉ざしていていた。  ただ、その残された一つが問題だった。こうなんというか、人が入っている気配はするのだけど、なんというか、ウンコを出している気配がない。完全にスマホか何かを見てくつろいでやがる。カチカチと音がするので、絶対にスマホゲームに興じてやがる。微動だにせず、ぜったいに空けないという断固たる意志みたいなものが溢れていた。貫禄すら感じたほどだ。  大便ブースが1つしかない状況でこれをやるのは殺人罪に近い。 「うおー、やばい、死ぬ、死んでしまう」  もう肛門は臨界に近かった。プスプスと断末魔の叫びみたいなものが起き始めていた。終焉の時は近い。いよいよとなったらあの掃除道具を洗う場所で、などとめちゃくちゃなことを考えるほどに追い詰められたとき、救いの光が目に留まった。 おっさんは二度死ぬ「多目的トイレ、誰でもトイレ」  様々な助けが必要な人が利用するトイレだ。それが男子トイレと女子トイレの境目に存在していた。まるで田園の淵を彩る彼岸花のようだった。  しっかりと「だれでも利用できます」と助けが必要でない人も使えることが示唆されている。それよりなにより、いまの僕の状況は間違いなく助けが必要な人だろうと、その多目的トイレに向かった。
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多目的トイレを使うため受話器を取った
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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