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ウンコを我慢して薄れる意識の先に見えた、彼岸花

ようやく安息の地にたどり着いたかと思ったのも束の間

「ありがとうございます!」  お礼を言ってすぐにトイレに入り、ガチャリコと鍵を閉める。何度も諦めかけたけど、ついに約束の地へと到達した。こうなるともう止まらんというくらいブリブリとでるかといえば、実はそうではない。ここまでずっと堰き止めてきたので、体が「本当に出していいのか?」と疑ってかかるのだ。便器に座り、しばらく苦悶しながらなんとか出そうと奮闘する。もういいんやで、出していいんやでと肛門に言い聞かせる。  そしていよいよ出始め、ダムが放流を始めたかのように止まらなくなった瞬間、事件が起こった。 「いやね、高校生とかが変なことするからこうなったのよ。あいつら何時間も入っていたりするからさ」  ドアの向こうから警備員さんのあの声が聞こえ、すりガラスの向こうに人影が見える。そしてガチャガチャとああでもないこうでもないと鍵を試している音がする。 「もしかして、別の人が多目的トイレを使いたいと申し出てきて、僕が入っていること忘れて開けようとしている?」  とんでもないことになった。 「あの、はいってますよ!」  大声を出すけど、トイレ内はかなり広いし、ドアも分厚い。おまけにトイレの横には古いゲーム機が置かれていて、なんかデモ画面がめちゃくちゃ喋っていた。その騒音にかき消されて聞こえないのかもしれない。

やめろ、開けるな、俺が入っている

「あの、入ってますよ!」 「ウンコしてますよ!」 「やめて!」  ウンコしてますよ、なんてアピールする場面も人生においてそうそうないものだ。はやくズボンとパンツをはかねばと思うのだけど、ウンコも止まらない。もうダメだ!  ガチャリコ 「うわー!」 「うわー、ごめんなさい!」  なぜかこう言ったときは、開けられたほう、すなわち僕のほうが謝ってしまう傾向がある。謝って欲しいのはこっちのほうだというのに。  結局、警備員さんとよく知らないおっさんに大便シーンを見られるという地獄のような状況になってしまった。  便器の正面には大きな鏡が備えられており、大便を見られた僕の顔は、恥ずかしさで真っ赤だった。そう、彼岸花のように。  彼岸花が咲き誇り、稲穂が徐々に実り始めるとあの大便地獄を思い出す。彼岸花の別名は地獄花、死が近い地獄のような花なのだ。今年も、そんなことを考えながら、その風景を眺めている。
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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