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ウンコを我慢して薄れる意識の先に見えた、彼岸花

おっさんは二度死ぬロゴ【おっさんは二度死ぬ 2ndseason】

第9回 彼岸花という地獄

 水田の畔に、誰かが定規で目印を付けたかのように赤い直線が描かれていた。彼岸花だ。彼岸のこの時期に咲くこの花は、毒性を持つことからある地方では「地獄花」と物騒な名前で呼ばれている。そう、僕にとっても地獄を思い出す、そんな花なのだ。  やはりあの時も水田の畔に咲き誇る彼岸花を眺めていた。取材で、地方の農村部を徒歩で移動していたのだ。なんでそんなことをしていたのかはもう覚えていない。  水田の稲は少しだけ稲穂が実り始めていて、まだ青々としていながらもわずかに頭を下げていた。これから徐々に色づき、実りの秋を迎えるのだろう。その傍らに彼岸花が咲き誇っていた。 「彼岸花かあ」  夏が終わり、秋の到来を告げる花だ。その先には厳しい冬の到来が予想される。移りゆく季節に思いを馳せ、なんとなく寂しい気持ちで眺めていると、途方もないことが巻き起こった。 「お腹が痛い!」  大変なことになった。途方もない腹痛が落雷のように体を貫いたのだ。やばいことになった。  腹痛には様々な種類のものがある。単にお腹が痛いだけのものもあれば、結果(うんこ)を予感させるものまで様々だ。しかもその結果(うんこ)をすぐに求めるものから、けっこう気長に待ってくれそうなものまで、その種類は多岐に渡る。そして、この腹痛は結果(うんこ)をすぐに求める類のものだった。まあ早い話、端的に言うと漏れそうだった。

広大な田園のど真ん中でもよおした激しい便意

 とんでもないことだ。街中ならいざ知れず、広大に広がる田園のど真ん中だ。視界に入る数キロ四方、トイレ的な設備がありそうにない。ただただ広がる田園風景。かなり遠くに青い山が見えるだけだ。普通に考えて漏らすしか選択肢がない状況だ。  こうなると「漏らす」か「野グソ」しか選択肢がない状況だけど、比較的に育ちの良い僕はどちらも耐え難い。こうなった時の僕の判断は早い。 「タクシーしかないな」  僕ぐらいのベテランになると、だいたい初動の腹痛でどの程度の時間を耐えられるのか分かるようになる。これは30分くらいで限界を迎えるやつだ。この田園風景ど真ん中、徒歩でトイレを探そうものなら途中で力尽きる。これだけは確定的だ。これはもう、タクシーを呼ぶしか助かる道はない。   スマホで調べ、最寄りのタクシー会社に電話する。間違えてどっかのご家庭にかけてしまったかと思うほど家庭的な感じのおばさんが電話に出た。 「すいません、タクシーを一台おねがいします! 大至急です!」  僕の必死の呼びかけだ。1分1秒でも早く来てもらわないと命を落としてしまう。 「あららー、場所はどこですかねー?」  臨界を迎えつつある僕の肛門など知らぬ存ぜぬといった感じで呑気に応対をするおばさん。すぐさまスマホに表示された町名を告げる。 「〇〇町って書いてあります」 「あららー、〇〇町っていっても広いんですよねー、何か目印とかあります?」  目印も何も、見渡す限り水田しか存在しない。 「目印はないんですけど、彼岸花が咲いています」 「アハハハハハ、それあちこちで咲いてるわ。ちょっとわかんないわ」  アハハハハじゃねえよ。なんかもう、それは死刑宣告に近いものだった。 「とりあえず〇〇町まで行ってみますね。彼岸花の近くにいてください」  祈るようにしてタクシーを待つ。あんな場所指定で本当にたどり着けるのか分からないけど、ただただ祈るしかない。
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タクシーが来るタイミングによっては決壊もありうる状況だった
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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