更新日:2021年11月11日 13:45
エンタメ

ピンサロで流れる音楽にも詫び寂びがあるという話

そしてある日、事件は起きた

 ただ、これは識者(友人)に言わせるとそう大きな問題でもなかったようだ。ヤマちゃんは極めて普通の音楽趣味をしていたので、ドマイナーな「なんとかなんとかってアニメの二期の挿入歌だよ」みたいな曲は流れなかった。みんなある程度、どこかで聞いたことがある曲がチョイスされる。 おっさんは二度死ぬ つまり、ちょっといろいろと問題があるので具体的な曲名は伏せさせてもらうが、曲を聴いたときに、ここは「だけど」の歌詞のあとに溜めがあるぞとか、ここは「なりゆきまかせの恋に落ち」みたいにめっちゃ早口でまくし立てる場所だぞ、と知っているのだ。静かになりそうな時は声を潜め、「なりゆきまかせの恋に落ち」みたいなところで声を出す、みたいな対策ができるのだ。  曲と曲のつなぎ目の無音もそうで、突然に無音になるわけではないから、そこをめがけて声を潜める。それが識者(友人)にとって最高の体験だったらしい。  フロア内で複数の客と女性従業員が同じタイミングで声を潜めたり、いまはいけると全開放したり、「しっ! 今は我慢して!」「ドキドキするね♡」みたいに秘密を共有して悪いことをしている感じが好評だったようだ。 「ユーロビートで全てを覆い隠すのではなく、無音になるときに声を潜める。それこそが、閑寂の中に奥深さや豊かさを感じる意識、侘び寂びだよ。ピンサロは侘び寂びだ、侘び寂びと言わずにピンサロピンサロと表現してもいいくらいだ」

ピンサロの詫び寂びを語られても……

 もはや尖りすぎてわけが分からん。  まあ、なにはともあれ、爆音ユーロビートじゃなくてもけっこういけるなと多くの常連や識者(友人)が思い始めたとき、さらに重大な事件が起こった。  単純に言ってしまうと、ヤマちゃんベストの中に途方もない曲が紛れ込んでおり、それが流れ始めたのだ。いろいろと問題があると思うのでさすがに曲名は伏せさせていただくが、けっこうなこぶしが効いた感じで「なんでこんなに可愛いのかよ」と爆音で流れ始めていた。  店内はけっこうなパニックになったらしく、歌詞の合間を縫って他のブースから「え? 孫?」「なんでミスチルのあとに大泉逸郎?」みたいな声が聞こえたという。ヤマちゃん、海沿いをドライブしながらなんて曲を聴いているんだ。 「でもなあ、ピンサロで演歌ってけっこうありなのよ。演歌って人情とか語ること多いでしょ。結局、ピンサロも人情だから」  と識者(友人)は語る。もはや思想が尖りすぎてわけがわからないけど、その眼差しは真剣だ。  識者(友人)は、いまでは常連度が上がりすぎて、かけて欲しい曲をプレイ中にリクエストすればかけてもらえるまでになったらしい。そこで最近になって発見した最高の曲が、ちょっと曲名を出すと問題がありそうなので伏せさせてもらうけど、うっせえ感じの曲らしい。あれが侘び寂びがあって良いらしい。そんなもん本当に知ったこっちゃなくて、うっせぇわといった感じではある。  とにかくピンサロには詫び寂びがある。読者諸兄も訪れた際には是非とも意識して欲しい。 ロゴ:ヒールちゃん イラスト:井上菜摘
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

1
2
3
4
おすすめ記事