話の内容的に、新たにやってきた新人が無礼な奴で、どのタイミングで怒ってやろうかと悩んでいる感じだった。無礼な奴を怒る。それは簡単なことに思えるかもしれないがけっこう難しいという話だ。 　あまりに早いタイミングで怒ると怒りっぽく心の狭い先輩、みたいに思われてしまうし、たぶん後輩も受け入れられず反抗心みたいなものを抱く可能性がある。逆に遅くなると手遅れになり取り返しのつかないことになる。そのうちシャレにならないミスを犯すかもしれない。 「難しいよな、怒るタイミングって」 　サラリーマン二人はとても悩んでいる様子だった。 「確かに怒るタイミングって難しいな」 　そのやり取りを盗み聞きしながら妙に納得してしまった。そうだ。難しいのだ。ここで僕が店員を呼びつけ、どういうことだ、餃子が来ないじゃないか、攻守最強のバランスを誇るラーメン餃子セットで餃子が来ないとはなにごとか、これじゃただのラーメンじゃん、どうしてくれるんだ、などと怒りをぶちまけたとしよう。 　そうなると周りから見て、ちょっと餃子が遅れただけでめちゃくちゃ怒り狂うおっさんと映るかもしれない。めちゃくちゃな食いしん坊で我慢ならなかったのね、ほら餃子が運ばれてきたらケロッグもう我慢できないと飛びつくんじゃないの、と隣の親子連れに思われるかもしれない。 　かといって怒るタイミングが遅くなると、なんだよ、もっと早く言えよとなるかもしれないし、もしかしてわざと黙っていて致命的に遅れるのをまってイチャモンつけるクレーマーですか？　と思われかねないのだ。 　難しい、本当に難しい。 　ただ、やはり麺を食べきるまでがリミットだと思う。もしかしたら餃子の注文が立て込んだとかでたまたま遅れているかもしれない。それでもこちらが麺を食べきるまで待ってこないならやはり遅い。そこはもう怒っていいタイミングじゃなかろうか。 　けれども、どんなにゆっくり麺をすすろうとも、餃子が運ばれてくる気配は皆無。もしかしたらこの世に餃子なんてものは存在しないんじゃないだろうか。餃子とは僕が見ていた幻影であり、空想上の食べ物だったんじゃないだろうか、そう思うほどに餃子の気配がしなかった。 　ついに麺を食べきってしまった。もう麺と餃子が奏でるハーモニーを楽しむことはできない。完全に怒るタイミングだ。手を挙げて店員を呼び寄せ𠮟りつけてやる。そう思った瞬間だった。 「はい、餃子あがりー！」 　カウンターテーブルの向こうの厨房からそんな勇ましい声が聞こえてきたのだ。早まって怒らなくてよかった。何らかの事情で餃子を焼くのが遅れていたのだ。待っていればいずれくる。焦って怒りをぶちまけ、めちゃくちゃ食いしん坊な人にならなくて済んだ。 「そうそう、まだラーメンを食べきったわけじゃないしな」 　まだスープが残っている。ドンブリには琥珀色のスープがしっかりと存在感をアピールしている。これを飲み干すまではまだラーメンを食べきったことにはならない。怒るタイミングではないのかもしれない。 　きっと焼きあがったところだ、そのうち運ばれてくるだろう、とゆっくりとスープを飲む。ズズズズとゆっくりと時間をかけて飲む。頼む、飲み終わるまでに餃子、運ばれてきてくれ。 　運ばれてこなかった。