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綾野剛『アバランチ』。喫煙シーンも妥協せず描くハードボイルド作品の強さとは

現代では希少なハードボイルド作品

アバランチ

『アバランチ』公式HPより

 綾野剛(39)が主演する『アバランチ』(制作・カンテレ、フジテレビ系)はドラマ界で希少な本格的ハードボイルド作品だ。視聴率も初回が世帯10.3%、個人全体5.7%。第6話が世帯8.5%、個人全体4.6%と健闘している。  綾野が演じる羽生誠一らアバランチのメンバーが、権力の中枢にいながら巨悪である官房副長官・大山健吾(渡部篤郎)を倒すため、まず大山の手先たちに次々と制裁を加えている。自分たちの身に危険が迫ることもあるが、それを怖れない。「非情」「冷徹」「硬質」などを意味するハードボイルドのド真ん中を行く作品だ。セリフのひとつ一つにもハードボイルドの香りが満載している。 「世界は正しいことだけで回っているわけじゃない」(第5話の羽生) 「世界は思った以上に残酷だ」(第6話、同)  ほかのドラマで使われたら、鼻をつまみたくなるようなクサいセリフだが、この作品には不思議なくらいハマっている。

作品の世界観を守る喫煙シーン

 ハードボイルドは小説のジャンルの一つとして1920年代に米国で誕生した。その後は世界中で人気を博すようになったが、国内ドラマは意外なほど少ない。地上波で近年、目立ったハードボイルド作品といえば、西島秀俊(50)が警視庁公安部捜査官を演じたTBS『MOZU』と浅野忠信(47)が私立探偵に扮したNHK『ロング・グッドバイ』(2014年)くらい。  ハードボイルド作品が少ない理由は、ドラマファンの中心が女性であることが一因だろう。スポンサーも購買意欲の高いF1層(女性の20歳~34歳)の視聴者を歓迎する。だから若い女性視聴者の獲得を狙い、「おいおい」と言いたくなるほど不自然に恋愛要素が付け足したドラマも生まれる。  けれど『アバランチ』は女性におもねらない。恋愛要素などカケラもない一方、嫌う女性が多い喫煙シーンがたびたび登場する。羽生が愛煙家だからだ。しかも副流煙が少ない当世風の加熱式タバコではなく、昔ながらの紙巻きタバコ。受動喫煙の防止などが定められた健康増進法が2003年に施行されて以降、ドラマでタバコが登場するシーンは極めて稀だ。  チーフ演出家・藤井道人氏(35)のこだわりの強さを感じさせる。作品の世界観を守るため、1シーンたりとも妥協したくないのだろう。藤井氏はカンテレの所属ではなく、2019年の映画『新聞記者』で日本アカデミー賞の最優秀作品賞や最優秀監督賞などに輝いた映画界の俊英。『アバランチ』では脚本づくりにも参加している。道理でストーリーが練りに練られ、映像は斬新なわけだ。  ちなみに女性に媚びを売っていないのにF1層の視聴率は初回2.1%、第6話2.4%でそう悪くない。おもねらないところに潔さを感じる女性もいるのだろう。ドラマづくりでは机上の計算がその通りになるとは限らない。
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ハードボイルドを演じる役者の資質とは
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放送コラムニスト/ジャーナリスト 1964年生まれ。スポーツニッポン新聞の文化部専門委員(放送記者クラブ)、「サンデー毎日」編集次長などを経て2019年に独立。放送批評誌「GALAC」前編集委員

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