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トー横キッズ殺人事件によって露わになった「多様性社会」の欺瞞

11月27日、東京都新宿区歌舞伎町のビルの屋上で職業不詳の氏家彰さん(43)が暴行を受け殺害された。警視庁は関口寿喜容疑者(26)と少年2人を逮捕し、さらに亀谷蒼容疑者(24)を傷害致死の疑いで全国に指名手配した。氏家さんと容疑者たちは「トー横界隈」で知り合ったとされている
鈴木涼美

居場所のない若者たちが集まる新宿東宝ビル近辺、通称トー横 写真/長谷英史

若者たちはペンギンTシャツでノンを言う

かつて私たちがコマ劇前と呼んで夜遊び前に集合したり、未成年の売春少女たちがしゃがみ込んでいたり、ヴィジュアル系コスプレの謎の集団やホスト通いのお嬢さん方が集まっていたりした広場は、2007年にシネシティ広場という名称が付けられた。 新宿ジョイシネマ、ミラノ座、新宿オデオン座など映画館に囲まれていたからだが、翌年末の新宿コマ劇場閉館以降、2009年から2014年の間に周囲の映画館も相次いで消えたのはちょっと皮肉だ。 ’90年代前半までは噴水広場という俗称で呼ばれていて、その名の通り中央に噴水池があった。そのころの正式名称はヤングスポット。’70年代初めまではレインボーガーデンと呼ばれていた。 新宿・歌舞伎町のビルの屋上で40代の男性が暴行を受け死亡した事件で、逮捕された若者3人が「トー横キッズ」と報道された。 26歳をはじめとする彼らを呼ぶのに相応しいか否かは別だが、コマ劇跡地に2015年に開業した新宿東宝ビルの東側の脇道やシネシティ広場にたむろする少年少女たちを指す呼称だ。当初は一部の若者当事者らがSNSなどで使用しはじめたようだが、近隣ホテルで起きた未成年男女による飛び降り事件以降、週刊誌やテレビなどでしきりに使用されだした。 結果、地方の若者にも知名度が上がり、人数が膨らみ、異物を名付けたい世間と、特別な名前を与えられたい若者の自意識が相互補完的にラベリング理論2021を繰り広げている。確かに最近、なぜかこぞってドンキ・ホーテのペンギンがプリントされたTシャツを着た少女たちが当て所なく居る。 当然、トー横キッズと名前が付けられる前、新宿東宝ビルが立つ前からコマ劇前には不器用に生きる若者が集まり、酔って噴水に飛び込んだり、地べたで鬱々としたり、テレクラの待ち合わせに使ったりしていた。 特性のように報道されるファッション感覚の自傷行為やゴシックとブリッコの間のような服装は、1990年代末から2000年代初頭にかけて、主に耽美テイストの強いヴィジュアル系バンドのファンやヴィジュアル系ホストの客たちの間で急速に広まったものだ。 事件の被害者の男性はキッズと共に過ごしていたホームレスだという報道もあったが、若者が目的なくたむろするところに、売春斡旋や薬物売買目的の悪い大人からただのお節介おじさんまで、成年男性が湧くという構図も、かつて渋谷センター街や池袋西口公園などで見られた。 1994年の青龍刀事件や2001年のビル火災を思い起こせば治安は改善したものの、東洋一の歓楽街と謳われた街には今でも、ネオンを求めて、或いは暗がりを求めて、他の街には居場所のない多様な人が集まる。 重要なのはレッテル貼りで安心したり、聞き慣れない現象を排除することではない。広場にたむろしやすくなったのは、若者が噴水に入ってはしゃぐという理由で噴水を撤去したからでもあるし、午前1時以降に路上に若者が増えるのは営業時間の取り締まりが厳しくなったからでもあるのだ。 そしてどんな時も、一般常識と逆のものをステキと思う若者たちは存在していた。社会が本気で多様性を目指すのであれば、場当たり的な規制など無効で、時に逆効果まで生んできた歌舞伎町の歴史に学ぶことは多い。 今のところ、マスコミの使う「多様性」なんて言葉は、少女たちのリスカ痕なんかよりよほどファッション感覚だ。 ※週刊SPA!12月7日発売号より
’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

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