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有権者の心をざわつかせた、無免許当て逃げ木下都議の「ワインレッドワンピース」

免停中に車を運転して人身事故を起こし、辞職勧告が決議されていた木下富美子都議。本人が辞職しない意向を示したため、都議会は木下都議に対して質疑を行うことで合意した。再選後初めて登庁した際の、胸元の開いた真っ赤なカシュクールワンピース姿は「反省が感じられない」と批判が集中した
鈴木涼美

写真/時事通信社

洋装の教室

 鷲田清一はハイヒールやコルセットや装飾具など、衣服による身体の保護という点からは説明のつかない装いを「身体の表面にいろいろな意味を発生させ、それをざわめかせる行為」と書いた。  哲学者の色気ある表現をかなり低次元で解釈すると、確かに私も身体の表面であらゆる意味をざわめかせて生きてきた。学生だけど行儀良く真面目なんてできやしなかった、とか、ギャルだけど喪に服してます、とか、巨乳女子高生は今が食べごろよ、とか。  そして身体の表面に立ち現れる意味が読み取れなかったり、その場で発生するはずのない意味が読み取れたりすると人の心はざわつく。  そういった意味で都議選期間中の無免許運転で人身事故を起こし、体調不良を理由に議会や委員会の欠席を続けていた木下富美子都議が、再選後初めて登庁したときの装いは、身体の表面であらゆる不可解な意味をざわめかせ、人の心を非常にざわつかせるものであった。  カシュクール風のカクテルドレスは光の加減で深紅のようにも燃えそうに消えそうなワインレッドのようにも見え、ヘアスタイルは無造作なのに手元には白い派手めなウォッチに宝石がゴテゴテした指輪二つ。  赤は中国ではお祝い時の封筒などで使われ、紅の染料は保温効果や殺菌効果に優れるために赤い下着は股間に良いとされる。カクテルドレスはカクテルパーティーに出席するための服だ。  これで、「辞めてやるわよ自由万歳ザマーミロ」とか言って椅子を蹴るわけではなく、二度の辞職勧告は「重く受け止め」つつ辞職はしない意向で、口から出るのは「申し訳ありませんでした」とか「失われた信頼を回復」とかいう言葉のみ。  この装いと言葉の混乱は何だろうか。ちょっと前に流行した「#わきまえない女」的なことなんだろうか。最近のファッション誌コピーでよく見る「(人にどう見られるかではなく)自分で選ぶ!」的なやつなんだろうか。 『言葉と衣服』の著者である蘆田裕史によれば、ヒトが衣服を着はじめたのは服飾史的には「保護」「表示」「羞恥」「装飾」「呪術」の五つの理由によるらしいが、その限りにおいて彼女の装いの可能性として挙げられるのは呪術のみである。熊を倒しにいくときに熊の毛皮を纏って気合を入れるようなものなのだろうか。だとしたら彼女は何を倒そうとしているのか。  人をざわつかせる服というのは別に悪くはない。セーラー服おじさんもいれば全身ピンクスーツにオールバックで国会に来る人もいた。  木下都議の装いの不可解さを人が看過し難いのは、そもそも何故辞職しないのかという点で既に多くの都民が不可解かつ不快に思っているからだろう。  人身事故を公表せずに再選、問題が明るみに出ると本人は暗がりに隠れ、召喚状も辞職勧告も無視。都議として敬われることはもうないだろうし、活動に支障が出るほど反感を買っているのは雲隠れしている時点で自覚があるのだろう。  金銭目的なのか占い師の言いなりなのか、いくら都民が邪推しても、リコールは当選から一年以上たたないとできない。当選した議員を辞めさせる壁に改めて気づかされる装いが、せめて市民に選挙の重要さを知らしめてくれたことを祈る。 ※週刊SPA!11月16日発売号より
’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

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