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「かっこいい生き方」はどこにある? 居酒屋のおっさんが教えてくれた人生訓

そして僕は、思いもよらぬ急展開に巻き込まれ……

「割り勘も何も、なんでか知らんけど無料になったんだよ」 「なるわけないじゃないですか、本当のこと言ってくださいよ。割り勘にするんで」  年下おっさんの言うこともごもっともだ。けっこうな勢いで食い下がる。そこで、突如として年上おっさんが僕に話を振ってきた。  どうやら、ずっとおっさんの演説を僕が興味深く聞いていたのを気配で感じていたっぽく、さらにかなり共感してうんうん頷いていたのも感づかれていたようだった。となりのおっさんに振っても大丈夫という、確信をもって僕に振ったようだった。 「実は、となりの人がぜんぶ奢ってくれたんだよ。ご馳走様、ありがとうね」  急にとんでもない振りをもらった僕は狼狽した。本来なら、ここで「いいえ、僕は関係ないです。奢ってもいないです」と答えるのが、余裕のないこれまでの僕の人生だった。けれども、かっこいい人生じゃなかった僕だって場面場面でかっこよくありたい、そう思ったのだ。 「いえいえ、遠慮なさらず。アプリ開発で巨万の富を得たので金が余ってしょうがいないでんな~」  妙に狼狽してしまい、よく分からない設定で嘘をつき、おまけに謎の関西弁という始末。なんだよ、アプリ開発って。  明らかにウソなんですけど、形式的に年下おっさんは納得した感じだった。

思い描いたとおりじゃなくても、小さくかっこよく生きていく

 去り際、先に店を出た年下おっさんの姿を確認して、年上おっさんが小さい声で話しかけてきた。 「ありがとな」 「かっこいい人生だと思いますよ」  僕の言葉に年上おっさんは小さく笑い、やけに指先がピンと伸びたピースサインを見せた。  僕たちの人生は、思い描いたものに届かない。届くことが「かっこいい」のではないのかもしれない。届かなくとも、小さな場面ごとにそうあるように生きていく。それこそが「かっこいい人生」なのかもしれない。 「いやーまいった、まいった、急に甲状腺が痛くなってさー、トイレ長引いちゃったよ」  バレバレのウソをつきながらやっと帰ってきた本来の相手に、いつもの余裕のない僕なら不快感を示すのだけど、もうそうはならない。 「どうせスマホの攻城戦だろ。甲状腺と攻城戦をかけるなんてやるじゃん。さあ、かえろうか」  と笑顔で席を立った。 「あれ、お会計は?」 「なんか知らんけど無料になった」  すこしだけ「かっこいい人生」に近づいたような気がした僕は、心地よいほろ酔い気分のまま、駅へと向かった。 <ロゴ/薊>
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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