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ラブホに事故物件はあるのか? 心霊ラブホに40泊した筆者の答え/文筆家・古谷経衡

第29回 ラブホに「事故物件」はあるのか

写真はイメージです

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 主に不動産賃貸物件における「事故物件」というのが近年話題になって久しい。つまり「事故物件」とは該居室に於いて自殺・殺人・心中その他が存在した物件であり、それにより心理的瑕疵が出来する物件ということであり、賃貸住宅にあってはそれが故に賃料が相場より低く抑えられているというものである。  不動産賃貸における貸主(大家)と借主の関係性は、伝統的に、借地借家法によって借主が強く保護されている。借地借家法の法的精神の嚆矢は、第二次大戦中の空襲や建物疎開等による民間住宅の喪失にあって、貸主による不当な退去要求や賃料の一方的な引き上げなどを抑止し、以て借主を手厚く保護することにより宿無し人を減少せしめ、戦争遂行のためにこのような社会的不安要素を一掃することを国家権力が志向したことにある。  戦後にあってもこの借主優位の法則は遵守せられたが、バブル期にあってはこの借地借家法を盾に、容易な退去要請に応じず、住み慣れた街へのこだわりを捨てきれない伝統的借家人に対しての無理筋な圧力(所謂”地上げ”)がなされたことは負の側面であった。  しかるに、目下全国における空室率が2割とも3割ともいえる賃貸住宅の状態にあっても、この借地借家法の借主保護の精神は生き続けている。よって不動産賃貸仲介業者は、借主の不利益になる事については、事前に借主に告知義務を有することから、一部の悪質な事例を除き、該物件に心理的瑕疵が存在することを契約時に通告する義務を有している。  これを秘すると、借主から該事由により契約破棄の通告がなされ、往々にして借主保護の観点から比較的容易に契約破棄が成立し、このような瑕疵を秘した貸主側が訴訟され、結句損耗を被る結果となっている。よって心理的瑕疵の存在については、必ず契約時にそれを貸主がつまびらかに明かすことが定められているのである。我が国における賃貸住宅では、このように貸主を手厚く保護する仕組みが目下継続しているのである。こうした事実を踏まえて現に存在するのが所謂「事故物件」と言われるものの概況である。

ラブホ側が宿泊者に通知する義務は?

 さてこの「事故物件」であるが、賃貸住宅のみならずラブホテルにその旨を援用して「事故物件」などと形容する向きがある。つまりそれは何か。曰く、「ラブホテルAでは過去に殺人事件があった」「ラブホテルBの〇〇号室では過去に室内で自殺があり、この怨霊により現在でも宿泊人に霊的影響がある」などという、科学的根拠が皆無のものである。  無論、ラブホテルでの宿泊は、完全なる旅館業法の管轄であるから、借地借家法とは関係がなく、該物件や室で過去に殺人・自殺・心中・刃傷沙汰その他があったとしても、原則その旨を宿泊人に通知する義務はない。しかしながら、1億総インターネットの時代、とりわけ繁華街に近接するラブホテルにあっては、過去に殺人や自殺といった事件等が発生した物件であることは、過去の報道等を検索すれば、仮に該ラブホテル物件の名前が明示されなくても、報道時の写真等によって容易にそれが特定できるというものである。  またもし報道での特定はできなくとも、概ねこの物件がそうである、といった書き込みがインターネット掲示板やブログ等に散見されることから、該物件が「心霊ラブホテル」である、等とする情報は幾らでも発見することができる。目下の情勢では、このような「幽霊が出る」「該室内で死んだ(殺された)霊魂による祟りがある」などの不確定情報が繁茂している状態であり、あまつさえそれを逆手にとって、「心霊ラブホテルに泊まってみた」などという企画を、ユーチューバー等が物見遊山・興味本位で行っている事例は枚挙に暇がない事は厳然たる事実であり、これが該物件への風評被害に直結することは言うまでもない。  さて、とりわけ「心霊ラブホテル」と噂される「事故物件」にあって、該物件に実際宿泊した人々は何を言うのだろうか。筆者は、「心霊ラブホテルに泊まってみた」などという企画を実際に実行して動画にまとめている複数のユーチューバーの内容を検証してみたが、どれも筆者にとっては宿泊経験のある物件ばかりであった。20歳以降、独りラブホに500万円余の投資をしている筆者からして、このような素人が喧伝するラブホテルは、既に筆者にとって「宿泊経験済み」の物件ばかりだったのである。
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(ふるやつねひら)1982年生まれ。作家/評論家/令和政治社会問題研究所所長。日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。20代後半からネトウヨ陣営の気鋭の論客として執筆活動を展開したが、やがて保守論壇のムラ体質や年功序列に愛想を尽かし、現在は距離を置いている。『愛国商売』(小学館)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり ヘイトスピーチはなぜ無くならないのか』(晶文社)など、著書多数

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