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何でもワイヤレスにするのが“絶対的正義”ではない。テクノロジーの進化に辱められた話

マウスのあの猥雑なコードから解放されたと思いきや

 そう切望していたら、まさしくそれというモバイルバッテリーが発売された。すぐに買った。2個も買った。取材に持っていった。新幹線で2個とも失くした。  結局、コードがあるから失くさないのだ。新幹線のコンセントに差し込んで、そこからコードが伸びる。ちょっと地べたに置くわけにはいかないから本体を机の上に置く。手元にあるから降りる時に忘れないのだ。これだって、コードさえあれば防げた惨事だ。  そして極めつけは、マウスだ。  マウスがコードレス化したことは、かなり素晴らしいことだ。いつの間にか、もうほどけないというレベルまでグルグルと訳の分からないレベルで絡まり、そこで断線を起こして使えない、という事故を防ぐことができる。自由度が高く、出先のカフェなどでも使える。また、ノートパソコンなどのUSBポートの場所にも左右されないという点も地味に重要だ。左にポートがあって右利きの場合、コードがあるとかなり使いづらい。  しかし、何度も言うが、コードがあるからこそ助かる場面があるのだ。

コードがなかったばっかりに……

 その日は、新しいマウスを購入し、カフェに籠ってご機嫌でこの大人気連載である「おっさんは二度死ぬ」の原稿を書いていた。よし、ネタは弱いけど勢いで誤魔化した原稿が書けたぞ、とご満悦で帰宅し、家に帰って別の原稿にとりかかった。そこで気が付いた。  マウスを忘れてきた。  これがコードレスの怖いところなのだ。手元のパソコンにはマウスからの信号を受信する端子だけがぶっ刺さっていて、肝心のマウス本体が存在しない。これがコードがあるマウスなら、忘れていてもパソコンにぶら下がってついてくるのに、コードレスだからマウスだけが置き去りにしてしまうのだ。  マウスがなくとも原稿くらいは書けるけれども、画像処理などはマウスがないと捗らない。仕方ないのでカフェに舞い戻ることにした。ただ、そこにはとても気がかりで気が重い要因が存在した。  ワイヤレスマウスを購入するにあたって、ちょっとテンションが上がってしまい、なんか普段は買わないようなマウスを購入してしまったのだ。なんか、ワイヤレスだしちょっと冒険しちゃうか、という感情があった。確かにあった。  おそらく、これがコードのあるマウスだったとしたら、落ち着いていつものようにシックでアーバンなマウスを選択していたと思う。とにかく、普段は選ばないマウスを選択してしまった。それを取りに行くのが恥ずかしかった。
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店員の前で、マウスを買った後悔を突き付けられる
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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