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何でもワイヤレスにするのが“絶対的正義”ではない。テクノロジーの進化に辱められた話

店員の前で、マウスを買った後悔を突き付けられる

 さきほどまで原稿を書いていたカフェに舞い戻る。店員さんは忙しそうに右往左往している。申し訳ない感じで話しかけ、マウスの忘れ物がなかったか聞いてみる。 「すいません、ついさっきまでここにいたんですけど、マウスの忘れ物なかったですか」 「忘れ物ですか? 少々お待ちください」  店員さんはレジの下の引き出しみたいな場所を開けてゴソゴソとやる。手元を見ているといくつかのマウスがありそうな感じだった。たぶん、忘れる人が多いのだろう。 「本日のものとなるとこちらだけですね。こちらのマウスで間違いないでしょうか?」 mausu 俺、なんでこんなかわいいマウスを買ってしまったんだろうか。  40歳を超え、小汚く、巨漢で、野武士みたいなおっさん、そのおっさんが忘れていったマウスがこれである。店員さんもちょっと笑っている。

なぜこのような辱めを受けねばならぬのか

 これだって、マウスにコードがあれば防げた惨事だ。しかし、この惨劇はこれだけで終わりではなかった。  どうやらこのカフェは店員の間で厳格なルールを設けているようだった。忘れ物を渡す際に、その時にいる店員全員に、これをあのお客様に忘れ物として渡しますと確認を取る体制をとっていた。1万円のお釣りを渡すときにみんなに確認してもらうあのスタイルだ。きっと、過去に渡し間違いのトラブルみたいなものがあったのだろう。 「こちらのマウスをあのお客様に返却します」 「確認しました。プッ」  忙しそうに動く店員さんを呼び止めて丁寧に確認していく。そのたびに、あんな野武士のようなおっさんがこのマウスを!? みたいな顔をされる。戒めのためにもう一度、僕のかわいいマウスを貼っておく。 mausu 山賊みたいなおっさんが持つマウスがこれである。最後は店長みたいなやつがでてきて、このかわいいマウスを指さして「よし!」みたいにしていた。何が良しなんだ。  なんでこんなに延々と辱められなきゃいけないんだ。コードさえ、マウスにコードさえあれば防げたのに。
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進化がもたらす不自由もある
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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