「パパ、愛人出てるよ!」“奇跡の61歳”保科有里が夢グループ社長との愛人疑惑に回答
30年以上歌手として歌い続けられたワケ
――本には「30年以上歌手として歌い続ける『奇跡』が起きた11の理由」が載っていましたが、いちばん大切だと思うことは何ですか?
保科:おばあちゃんからの教えで、一生懸命やっていれば、誰かが認めてくれる、手を差し伸べてくれるってことですかね。滅多にないけど何か嫌なことをされても、私ってその相手の方を嫌いになれないんです。きっと何か理由があるんじゃないかと考えてしまいます。
私は大ヒット曲を出すために生まれてきたんじゃなくて、たった一人だけでも喜んでもらえるために歌手になったのかな、と思います。そう考えていくと、どんなことを頼まれても冷静に対応できるようになりました。
――保科さんがたった一人のために歌ったエピソードはありますか?
保科:私の歌が好きな女性って、不幸を背負って生きている人が多いんですよね。東日本大震災が起きて3か月ほどたった時、東北の避難所まで歌いに行ったんです。当初は私みたいな知らない歌手が行って喜んでもらえるかなとドキドキだったのですが、2008年に発表した「さくらの花よ 泣きなさい」を歌ったら、ある女性の観客の方から「震災後初めて泣けた!」「今日泣けたことで頑張れる!」と言ってくださったんです。
何千人もの前で歌うのもすごいかもしれないけど、たったひとりの人がこんな感動してくれるなんて!と、とても嬉しかったのを覚えています。
母の教えは私には向いていた
――保科さんは、愛人キャラとは程遠いしっかり者の性格のようですが、それはどこから来ていると思いますか?
保科:やっぱり母親からの教育かなあ。母親からは「歌手なんて絶対ムリムリ」「いつでも帰っておいで」ってよく言われました。だから、ダメに決まってるけど、せめて与えられたことを頑張ろうって思考になりました。
もし幼少期から「あなたは、すごい、すごい」って褒められてたら、大人になってダメだった時にすごく戸惑ったと思うんです。そう思うと、マイナスも受け入れて生きられるようになった、母の教えは私には向いていました。
――お母さんの影響力すごいですね。
保科:マイナス思考も悪くないですよ(苦笑)。今、親が誉めすぎじゃないですか。みんな未熟な人間。ダメなところがいっぱいあるのを分かっていたほうがいいと思います。
放送作家を経てフリーライター&作詞家として活動中。好きなテレビ番組は「ザ・ノンフィクション」、好きなラジオはTBSラジオ、得意料理は春巻き。得意領域はカルチャー、音楽、芸能、住宅、美容など。Twitter:@rokohiroko
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