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大名が「庶民の生活を体験する」スポット…日本における“元祖テーマパーク”が東京都心にあった

全国に数多くあるテーマパーク。今もなお新しいテーマパークが生まれては人々を楽しませ続けている。しかし、そんなテーマパークには、あまり語られることのない側面が存在する。そんな、「テーマパークのB面」をここでは語っていこう。 都の西北・早稲田大学がある東京メトロ・早稲田駅から少し歩くと、ビルの中にひっそりと森がたたずんでいるのが見える。この鬱蒼とした場所が「戸山公園」だ。現在では都立の公園となっていて、東京ドーム4個分の広大な敷地面積を持っている。園内にはたくさんの広場があり、その周りには季節に応じて様々な花が咲き誇る。今回の舞台はここ、戸山公園である。 なぜ、テーマパークの連載で戸山公園が取り上げられるのか、と思う人がいるだろう。実はこの地には、日本における元祖テーマパークともいえる建物があったのだ。「テーマパークのB面」、第4回目となる今回は少し趣向を変えて、かつて日本に存在していた“テーマパーク的な建築物”にフォーカスを当ててみよう。
戸山公園

戸山公園 ©picture cells

戸山公園に原寸大の「小田原宿」が

戸山公園にあったテーマパーク、それは原寸大で再現された「小田原宿」である。 どういうことか。 ここは、かつて、尾張藩の下屋敷が存在していた。いわゆる大名屋敷であり、大名が参勤交代で江戸にやってきた時に住む住居があったのだ。こうした大名屋敷につきものなのが「庭園」である。 それらは「大名庭園」と呼ばれ、各藩の大名たちは様々な趣向を凝らして自らの庭園を飾り立てていた。「上屋敷」が、日常生活で頻繁に使い、実用的な機能が期待されていたのに対して、「下屋敷」は大名屋敷の中でも趣味や遊興のために作られることが多かった(国許からの物資の荷揚げ等の機能もあったという)。 いわば、「遊び」の部分が多いのが「下屋敷」なのだが、この尾張藩下屋敷も例外ではない。そこでの工夫が、庭園内に、小田原宿をほぼ原寸大で再現することだった。

大名が「庶民の生活を体験する」スポット

小田原宿は、東海道にある宿場町である。宿場町とは街道の途中にあって、旅人たちが休める宿屋や、その他商店が立ち並んでいるエリアのことである。その区域が丸ごと、この戸山公園の地に再現されていたのだ。それは「御町屋」と呼ばれ、長さは約200m。鍛冶屋や米屋など、37軒もの店が軒を連ねていたという。 士農工商として知られる身分制の考え方が根強かった江戸時代において、大名がふらりと、町人たちが集う宿場町に出向くことはできなかった。ここでは、大名たちの体験できない庶民の生活を擬似的に味わうことができたのである。 これ、考えようによっては現代の我々がディズニーランドを楽しむ感覚と似ているのではないか。先ほども書いたように、下屋敷とは大名にとって余暇を過ごす遊興の場、つまり「非日常」を過ごすために作られた場所である。
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我々がテーマパークに行く感覚に似ている?
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ライター・作家。チェーンストアやテーマパークをテーマにした原稿を数多く執筆。一見平板に見える現代の都市空間について、独自の切り口で語る。「東洋経済オンライン」などで執筆中、文芸誌などにも多く寄稿をおこなう。著書に『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』(集英社)『ブックオフから考える』(青弓社)
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