「パチスロで勝つほど人間関係はボロボロに…」50歳の元パチプロに“その後の人生”を聞いてみた
朝から晩までパチンコやパチスロを打ち、勝ち金で生活をするパチプロ。20代ならまだしも、30代、40代となるにつれ、世間の風当たりの強さに足を洗う者も多い。気ままな稼業の代名詞とも言われる彼らは、一体どんな人生を歩んでいるのだろうか。
今回は元パチプロの川本俊幸さん(仮名・50歳)に、パチプロになるまで、そして「その後の人生」を語ってもらった。彼の壮絶な人生を、前編・後編の2回に渡ってお届けする。
「あんまり褒められるようなことはしてませんからね……」
川本さんがパチプロとしての人生をスタートしたのは、フリーターとしブラブラしていた20歳にまでさかのぼる。
「専門学校を中退して、フリーターしながらパチンコ、パチスロばっか打ってたんです。96年くらいだったかな。当時はクランキーコンドルなど、技術介入系が全盛期でして、私もそうした台にドップリとハマッて、朝から晩まで打ち込んでいました。スロットをもう一歩踏み込んで教えてくれたのは、当時、バイトしてたカラオケ屋の連中。リール制御やリプレイハズシ、前日に小役をハズして次の日、朝イチの小役確率の状態から設定変更を見破る減算値を利用したクロスカウンター打法とか。バイトしていた新宿界隈の状況は渋めでしたが、それでもシビアに打てば1か月トータルで十分な小遣いは稼げてましたね」
川本さんは当時の収入について、「カラオケ屋が7割、パチスロが3割」だったと振り返る。おまけに川本さんは当時はまだ実家暮らしだったため、「カネが貯まってしゃあなかった(笑)」とも。
そんな川本さんに転機が訪れたのは2001年のことだったという。
「半年くらい前にバイト辞めたヤツと飲みに行ったら、『知り合いも近くで飲んでるから一緒に飲まない?』って。やって来たのはヒロさん(仮名)という私よりも4つか5つくらい年上の人で、スロットや競馬の話なんか面白くて、妙に馬が合ったんです。そしたら、よかったらスロ仲間に入んないかって」
ヒロさんのスロ仲間とは、イベント情報などを共有して仲間で高設定を確保して打ち、投資や勝ち金を等分配するノリ打ちの仲間だった。「面白そう」と感じた川本さんは二つ返事でノリ打ちグループに入ることとなる。これがきっかけで、川本さんは本格的にスロットだけでの生活、いわゆるプロ生活へと突入していったのであった。
専門学校を中退してバイトとパチスロにドップリ
ノリ打ちグループに誘われ“専業”になる
グルメ、カルチャー、ギャンブルまで、面白いと思ったらとことん突っ走って取材するフットワークの軽さが売り。業界紙、週刊誌を経て、気がつけば今に至る40代ライター
記事一覧へ
記事一覧へ
この記者は、他にもこんな記事を書いています
ハッシュタグ