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65万円が330万円に! デイトナから始まった高級時計バブル、投資のプロが語る“30年の軌跡”

2002年 パネライ&フランク・ミュラー

パネライ フランクミューラー

パネライ フランクミューラー

1990年代後半から2000年代前半にかけて、高級腕時計への注目が増し、「ロレックスブーム」とも言われましたが、2002年頃になると時計ファンたちは「ロレックスの次」を求めるようになりました。 そこで注目されたのが、新しいブランドであるパネライとフランク・ミュラーでした。どちらも2002年頃から高い注目度を誇っていました。 パネライは、ロレックスと同様のキャラクターを持ち、「味変」的に購入される需要がありました。一方で、フランク・ミュラーはロレックスに対して「グレードアップ」として購入される需要がありました。 パネライの場合、当時の定価が40万円台(ロレックス程度)だったため、一部モデルの相場が定価を上回る「プレミアム価格」になりましたが、フランク・ミュラーは定価が当時のロレックスよりも遥かに高かったため、プレミアム価格にはなっていなかったといえます。 ただ、当時のフランク・ミュラーは10代の若者にも知名度があり、「すごい人がつけているすごい時計」といった感覚で、現在のパテック・フィリップのノーチラスのように「憧れの的」となっていました。

2003年 独立時計師への注目

フランク・ミュラーがヒットしたことをきっかけとして、「独立時計師」への注目度が増していったのが2003年でした。 独立時計師とは、時計を製作する本人のブランドを指します。個人が手作業で時計を作るため、年間生産本数はわずかです。フィリップ・デュフォー氏などが最も有名な時計師でしょう。 フランク・ミュラー氏はもともと独立時計師として時計を作っていたため、「フランク・ミュラー」ブランドのヒットによって他の独立時計師への関心が増えていきました。 ただ、独立時計師が作成する時計は年間生産本数が少なく、どこで売られているかも分かりにくいため、入手難易度は高いといえます。 この時期、独立時計師への注目度が上がったといっても、実際に独立時計師の時計を買ったユーザーはそれほど多くなかったかもしれません。
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2004年 雲上時計への注目度が上昇
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1986年生まれ。日本初の腕時計投資家として、「腕時計投資新聞」で執筆。母方の祖父はチャコット創業者、父は医者という裕福な家庭に生まれるが幼少期に両親が離婚。中学1年生の頃より、企業のホームページ作成業務を個人で請負い収入を得る。それを元手に高級腕時計を購入。その頃、買った値段より高く売る腕時計投資を考案し、時計の売買で資金を増やしていく。高校卒業後は就職、5年間の社会人経験を経てから筑波大学情報学群情報メディア創成学類に入学。お金を使わず贅沢する「ドケチ快適」のプロ。腕時計は買った値段より高く売却、ロールスロイスは実質10万円で購入。著書に『腕時計投資のすすめ』(イカロス出版)と『もう新品は買うな!』がある

もう新品は買うな!もう新品は買うな!

もう大量消費、大量生産で無駄遣いをするのはやめよう


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