忘れられたエース・和田毅、3Aで復帰を目指す
鮮やかなグリーンのフィールドに溶け込むかのように、その姿があった。
芝生の上に腰を下ろし試合前のストレッチをしている和田毅は、楽しげな笑みを湛えていた。
ソフトバンクからメジャーに移籍して1年目の昨季、オリオールズと契約したばかりにもかかわらず左肘の靱帯断裂が見つかり、昨年5月11日に左肘靱帯手術を受けてから約1年が経過した。
和田はようやく、メジャーの舞台に立とうとしている。
球団傘下の3Aノーフォークに合流し、復帰に向けてマイナーの公式戦でリハビリ登板を開始したのが5月16日。それからメジャー流の中4日の登板を続け、リハビリ期間が明ける6月14日のメジャー復帰を目指している。移籍後まだ一度もメジャーで投げていない和田にとっては、それが同時に待望のデビューとなる。
◆戻りつつある”かつてのピッチング”
和田は、ペンシルベニア州アレンタウンという米東部の田舎町にいた。大きな工業地帯が広がる労働者の町で、その町名はビリー・ジョエルの名曲のタイトルにもなった。和田はノーフォークのチームに帯同してバスで7時間かけてその町に遠征し、3Aの球場で3度目のリハビリ登板をしようとしていた。
そこは美しく、マイナーリーグにしてはもったいないくらい設備の整った球場だったが、メジャーの球場とはやはり規模が違う。4~5万人が収容できるメジャーの球場に比べ、アレンタウンのその球場は最大でも1万人収容。入場券の値段も平均すると5分の1程度だ。球場に記者席はあったが、試合をカバーするメディアの人間は、その日は私以外誰もいなかった。誰にも取材されることなくひっそりと、和田はその日のマウンドに立った。忘れられたエースの姿が、そこにあった。
その日の登板で、和田は復帰に向けた手応えをつかんでいた。5回を投げて4安打4四球3失点だったが、6三振を奪った。最後の5イニング目は特に圧巻で、先頭打者には内角低めの厳しいコースに緩急をつけて最後は空振りの3球三振を奪い、2人目には真ん中低めへの変化球を3球続けて見逃しの3球三振。最後の打者にはボールを1球出したが速球系で攻めてから4球目の変化球で空振り三振に切って取り、わずか10 球で3者連続三振をマーク。
「3者三振とまではいかないですけど、コントロールだけでああいう雰囲気で投げられるように、日本のときは投げていたので」と、かつての自分の投球の感触が蘇ったようだった。
「コントロールがしっかり低めにいけばやっぱり抑えられる。5回みたいなああいうピッチングがずっとできるとは思わないですけど、コントロールという意味では5イニング目みたいな、ああいうコントロールでないとやっぱりね、こっちでは厳しい」
逆をいえば、自分のコントロールを取り戻せば、必ずメジャーでも抑えることができる。そう自信を深めた瞬間でもあった。
メジャーで投げる準備はもうできているのか? そう問うと、「やっぱりあの5イニング目の雰囲気が全イニングで出てこないと自分でも納得できないし。そういう意味でもうちょっと、指先の感覚だったりとか、コントロールの面ではまだまだ戻ってきて欲しい部分もあるので、自分の中で。それを早く戻したいですけど、やっぱりこれだけ1年投げてないというのもあるので」
30日間のマイナーでのリハビリ登板期間が終わる6月14日までには、自分の思い描いた投球を完全に取り戻し、仕上げたい。和田はそれを目標に、マイナーのチームに帯同し、黙々と調整を続けている。登板を終え狭いビジターのクラブハウスの椅子に腰掛け、バスタオルを羽織りながら話す姿には、飾ったところはまるでなかった。
試合後にまたバスに7時間乗って本拠地ノーフォークに戻るというので、大変ではないですかと問うと「結構、楽しいですよ」と笑った。それどころか「僕のリハビリのために公式戦で投げさせてもらってるんで、逆に申し訳ないところでもある。結果残せてないのがちょっと悔しいですけど、がんばらないといけないと思いますね」と、謙虚な言葉が出てくる。つい2年前までソフトバンクのイケメンエースとして脚光を浴び、新人王、最多勝、MVPなど多くの栄光をつかんできた投手にとってはあまりに大きな状況の変化。しかし和田は、それをありのままに受け止めている。
◆現状を把握して全力で投げる。結果は後からついてくる
奇しくも、日本時代に何度も投げ合い、緊迫した投手戦を繰り広げてきたレンジャーズのダルビッシュ有やマリナーズ岩隈久志は今季、メジャーで目覚ましい活躍を見せている。ヤンキース黒田博樹も、伝統ある球団のエースとして注目される存在になった。
彼ら3人の活躍をどう見ているのかと尋ねると、「みんなすごく(調子が)いいですもんね」
和田は穏やかな表情でそう言った。
「彼らはね、もうメジャーでバリバリ投げてる。クマにしても、ダルビッシュでも。黒田さんはもうずっと結果を残されているんで、僕が言うのはおこがましいですけど。僕も上にあがって(彼らに)勝つ勝たないより、今の自分の現状を把握して、全力で投げて……。結果は後からついてくると思ってるので」
彼らと同じ舞台に立つ日は近づいている。幸い、手術した肘には張りが出ることもなく、体の状態は完ぺきなほど順調だという。あとは、あの5イニング目でつかんだ投球を全イニングで出すこと。1年越しの念願のメジャーデビューで和田は、密かにパーフェクトな投球を目指しているのだ。 <取材・文・撮影/水次祥子>
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