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田中康夫が17年ぶりに小説を執筆

田中康夫氏

田中康夫氏

 作家の田中康夫氏が、17年ぶりに小説を書き始めた。そのタイトルは『33年後のなんとなく、クリスタル』。

 田中氏は一橋大学在学中の1980年に『なんとなく、クリスタル』で第17回文藝賞を受賞。出版後は大きな話題となり、ミリオンセラーに。作品に登場する、高級ブランドをまとい高級レストランで食事するような都会の若者たちは「クリスタル族」などと呼ばれ、社会現象ともなった。

 その後は行政や政治の舞台で、長野県知事や参議院議員、衆議院議員として活躍してきた。そんな田中氏がなぜ小説を書き始めたのか。その理由を聞いた。

「阪神・淡路大震災の翌年に書いた『テント村の口紅』以来、17年ぶりの小説です。一昨年から『「文藝」創刊80周年・文藝賞50回目の記念号でぜひとも作品を』と編集長に言われていたんです。昨年末の総選挙で敗退して、物理的・精神的余裕も生まれたので取り組んでみました。

 実は処女作の執筆時(1980年)には携帯電話はもちろん、FAXすら実用化されていなかった。この30数年間の日本の消費社会やIT社会の変化は大変なものでしょう。一方で日本はバブル景気からリーマン・ショックを経て、歴史的に類を見ない超少子・超高齢社会へ突入。その中で『なんクリ』の主人公たちも50代半ばを迎えている。

 今回はヤスオという人物も登場する虚々実々のメタフィクション。33年という時間のリアルさと『記憶の円盤』の回転が生み出す眩暈(めまい)のような感覚を描けたらと思っています」(田中氏)

 新作は『文藝』(河出書房新社)冬季号http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309978130/より連載開始。2013年7月の参院議員選挙当日の、都内のある街角から物語は始まる。前作で特徴的だった膨大な注は存在せず、本文中に著者による説明が入ってくる。

『文藝』冬季号

田中氏の連載が始まった『文藝』冬季号

「『頭の空っぽなマネキン人形がブランド物を一杯下げて青山通りを歩いているような小説だ』と33年前に酷評した文芸評論家がいてね。当時24歳で鼻っぱしが強かった僕は『あなただって「朝日新聞」書評委員の肩書があるから文壇バーの女性にも相手にされてるんでしょ。それこそ精神的ブランドだ』と皮肉ったんだ。

 今やブランドという言葉は当たり前になってしまい、そのブランドの偽装はけしからんと街のオバチャンも怒りまくるニッポンだからね」(同)

 11月6日には『なんとなく、クリスタル』の文庫版が、新装幀で河出書房新社から発売された。同書で解説を担当した高橋源一郎氏は、「これほど深く、徹底的に、資本主義社会と対峙した小説を、ぼくは知らない」と評価。「本文」のほかに、「注」という名の強靭な批評の形を装った小説が存在すると書いている。高橋氏は、442もの注の最後に、当時の厚生省が発表した出生率と高齢化率の予測数値を載せているのにも注目。「政府の(楽観的な)予想は外れ、いまこの国は、誰にも予測できない未来へ向かいつつある。『なんとなく、クリスタル』は、社会が異様な繁栄へ向かいつつあるその瞬間に、まるで悪夢のような光景を一瞬、垣間見させた。だが、人々は、その映像には気づかなかった」と指摘している。

「なんとも過分な評価で、こそばゆいね。だけど、その楽観的な政府の予測でも、今後50年も経たないうちに、東京も高齢化率が40%に達しちゃうんだからね。

 公共事業のあり方も『造る』から『直す・守る・創る』へと変えないと、日本は骨粗鬆症になっちゃうよと10年以上前から言ってきた僕が無意識のうちに感じている、33年後「以降」の日本の美しさと儚さを描けたら本望ですね」(同)

『文藝』編集長は同誌の後書きで「あの『なんクリ』の女性主人公・由利に、作家本人を思わせる今回の主人公が誘惑され・誘惑するという、恐ろしく企みに満ちた小説!」と紹介している。今後の展開はどうなるのか? 再び小説家としての活動を始めた田中氏の今後に注目していきたい。

【田中康夫氏プロフィール】
1956年東京生まれ、作家。一橋大学在学中に執筆した小説『なんとなく、クリスタル』が1980年に第17回文藝賞を受賞。2000年より長野県知事を2期務める。2007年に参議院議員に当選。2009年に衆議院議員に当選、1期務める。『文藝』(河出書房新社)2013年冬季号から17年ぶりに小説の連載を開始。「唯一無二」と題する高橋源一郎氏の解説も加わった『なんとなく、クリスタル』の新装版も河出文庫から11月6日に発売
【公式ブログ】http://www.nippon-dream.com/

<取材・文/北村土龍>

新装版 なんとなく、クリスタル

1980年東京。大学に通うかたわらモデルを続ける由利。彼女の目から日本社会の豊かさとその終焉を見つめた、永遠の名作。




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