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言葉を失うほどの衝撃をシェアしあうLINEグループ「絶句会」で言葉を失った話

【おっさんは二度死ぬ 2nd Season】

僕らが失った言葉たち

 言葉を失う、という表現がある。感動や衝撃のあまり何も言葉が出なくなった様を表現したものだ。唖然とする、絶句するという表現に置き換えられることもあるが、いずれにせよ、外部からの衝撃に応じて一瞬だけ自分の中の時間が止まる感覚に近い。  実はこの「言葉を失う」という状態、とても大切なものだと思っている。  僕らが住む世界は莫大な量の言葉がやり取りされている。スマホ時代が到来し、あらゆるものが言語化される昨今の情勢においてそれはさらに顕著になった。  僕らは日々、言葉を弄し、言葉に操られている。そんな中にあって文字通り言葉を失う経験や衝撃といったものは大切にしなくてはならないのだ。  以前、場外馬券場で知り合ったおっさんたちと反省会だと安居酒屋に赴き、平成の名馬であるディープインパクトの話をしながら、そういった言葉を失う深い衝撃を大切にしなくてはならないと熱弁したところ、二人のおっさんが賛同してくれた。  すぐに僕とのそのおっさん二人で「絶句会」というものを結成し、月に一度、LINEグループでそれぞれの“言葉を失った経験”を報告しあっている。 「俺の今月の言葉を失った体験を送るね」  山寺さんだ。山寺さんのメッセージを皮切りに月例の報告会が始まる。

おっさんだらけのLINEグループで行われる定例報告会

 ちなみに山寺さんは少し変わった人だ。日本ダービーやジャパンカップなど東京競馬場で行われるビッグレースは、普段は11レースに開催されるはずなのに12レースに開催されることがある。そうなるとビッグレースと勘違いして11レースを買う人が出てくるので11レースのオッズおかしくなる。11レースの大本命の馬番が11レースでもちょっと売れるのだ。そういったレース間違いによるオッズの狂いが生じると絶頂に達する変わった人だ。だいたい年に2回くらいしか絶頂チャンスがないらしい。  そんな山寺さんが送ってきた今月の言葉を失った体験はこうだった。  山寺さんが通っている散髪屋はとても熱心な店らしく、客ごとに髪型カルテみたいなものを作成していた。何月何日にどういった髪形をオーダーしたかとか、どれくらいの頻度で来店しているかだとか、イラスト入りで詳細に書き込まれているらしい。  こうすることで、来店するたびに事細かくオーダーする必要がなくなるし、店側もいちいち覚えておく必要がない。前回よりちょっと短めでお願いします、みたいな差分のオーダーにも対応可能だ。  その店はさらに、髪を切りながら交わす会話の内容も詳細に記載しているようだった。どういった仕事で、娘がいて、ランニングが趣味、そんなことが事細かに書かれているらしい。これによって次回の来店時にどのようにして会話を発展させるか参考にしているようだ。  ただし、山寺さんはむちゃくちゃ無口というか、会話を始めるとジャパンカップが12レースに開催されるときの11レースのオッズの乱れにエクスタシーを感じるなどと訳の分からないことを口走るので、基本的に黙って過ごすことにしているらしい。何度か通って会話を短く切り上げるようにしたところ、おそらく髪型カルテに「おしゃべりを好まない」などと書かれたのか、全く話しかけられなくなった。  髪型カルテ最高だな。オーダーも最小限の会話で済む。無駄な会話をしなくて済む。とても画期的なシステムだなと感動しながら髪を切ってもらったそうだ。  いよいよ散髪も終わり、おっさんにしては爽やかじゃない、などと自画自賛しながら立ち上がると、理容師さんの横で助手みたいにして働いていた若い子にぶつかってしまった。  その助手さんは紙の束が挟まったファイルを持っていたのだけど、ぶつかった衝撃で中の紙がワサーっと散らばってしまった。 「あ、ごめんなさい」 「いえ、大丈夫です!」  そんな会話を交わしつつ、山寺さんも散らばった紙を急いで拾う。いやー、床には髪も散らばっているし紙も散らばっていたよと、報告には山寺さんのジョークが挟まれていたがそれは割愛させていただく。
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そこには想像を絶する言葉が記されていた
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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