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全米755万世帯が“TV観戦”した夜――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第290回(1998年編)

TVガイド

全米755万9000世帯(WWE“ロウ”とWCW“ナイトロ”の合算)が月曜夜にプロレス中継番組を視聴。アメリカのマスメディアはこの現象をプロレス・ブームと大騒ぎ(写真は米『TVガイド』誌の表紙より)

 1998年4月、WWE“ロー・イズ・ウォー”とWCW“マンデー・ナイトロ”の番組視聴率争いはひとつのピークを迎えようとしていた。

 WWEの看板ショー“ロウ”(USAネットワーク)は毎週月曜夜9時~11時までの2時間番組で、WCWの“ナイトロ”(TNT=ターナー・ネットワーク・テレビジョン)は毎週月曜夜8時~11時までの3時間番組(いずれも東海岸標準時間帯)。

 “ナイトロ”の放映開始(1995年9月)によりスタートした2大メジャー団体が同曜日・同時間帯に別べつのチャンネルでプロレス中継番組をぶつけ合う“月曜TVウォーズ”はすでに4年めに突入していた。

 後発の“ナイトロ”はWWEから移籍したハルク・ホーガンのまさかのヒール転向―新ユニットnWo結成までの一連の流れで大ブームを巻き起こし、同番組の視聴率は1996年6月10日オンエア分から1年10カ月間にわたり“ロウ”をリード。

 いっぽう、WWEは1997年4月、番組名をそれまでの“マンデーナイト・ロウ”から“ロウ・イズ・ウォー”に変更し、番組コンテンツを従来よりもややオトナ向けの内容にシフトチェンジした。

 “ロウ”と“ナイトロ”の視聴率が逆転したのは1998年4月13日。WWEオーナーのビンス・マクマホンがもうひとつの自我、ミスター・マクマホンに変身して“ストーンコールド”スティーブ・オースチンと対戦した“試合”は瞬間視聴率6.0パーセントという数字をはじき出し、2時間番組の平均視聴率4.63パーセントも“ナイトロ”の平均視聴率(同夜は4.34パーセント)を上回った。

 ビンス対ストーンコールドのありそうでなかった“決闘”の瞬間視聴率6.0パーセント(441万4000世帯)と“ナイトロ”が同時刻にオンエアしたスティング対ケビン・ナッシュのシングルマッチの瞬間視聴率4.3パーセント(314万5000世帯)の合算は10.3パーセント。世帯数に換算すると全米755万9000世帯の一般家庭がこの時間帯にテレビのチャンネルをふたつのプロレス番組のうちのいずれかに合わせていた計算になる。

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番組視聴率の“高騰現象”はすでに兆候があった

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