青い目をした“日本人”ジャーナリストが「トランプ現象」を総括する
昨年、ジョセフは、憲法を守るために何かできないかと、25年来の友人である永六輔(2016年逝去)と、服につけているだけで意思表明できる「憲法バッジ」を作成した。多くの新聞、通信社が取材に来たが、驚くことに遂に紙面に載ることはなかった。
「最初に取り上げたのが上杉さんのノーボーダーで、後に東京新聞が大きく掲載してくれたけれど、ほかの新聞は記事ができているのに載せられないと言う……。まるで戦争前夜のような怖ろしさを感じます。ただ、希望はある。世界ではブレグジットやトランプ現象が起き、ごく普通の市民の声なき声が届き、既存の枠組みが引っ繰り返っている。そんな流れが、この日本にも及びそうなのです。
だから、トランプ大統領の誕生は、世界中でネガティブに受け取られているが、私はむしろ希望を感じています」
被災地では取材活動を控えるジョセフだが、ボランティア活動家とジャーナリストの2つの顔を持つ彼は、災害の現場でも「希望」の萌芽を目にしていた。
「東北でも熊本でも、地震翌日に現場に入ると“お上”がいなくなっていた。もともと、東北は住民の行政への依存度が高く、“お上”意識が強い地域でしたが、地震で役所は機能しない。
必然的に住民が自ら進んで、避難所を運営し、食料や医療を手配するようになり、1日、2日と経つにつれて、住民は『オレたちだけでもできるのでは』と気づきはじめた。そして、住民ができることをやろうと、温かいコーヒーを出す店や食べもの屋など、いろいろな店ができたのです。
ところが、突然、役人がやってきて、『何してるんだ!』と文句を言う。住民は『オレたちが困っているときには、何もしなかったのに』と怒ったが、同時に“お上”なんかに頼らなくても自分たちでできることに気づいたのです。そんな光景を多くの被災地で見てきました」
日本では、普通の人々自立の精神や自助・共助の試みを、“お上”が阻んでいるのだ。
被災地では社会福祉法人・社会福祉協議会(社協)が幅を利かせ、被災者支援に励むジョセフは何度も衝突してきたという。
そもそもボランタリズムは、西欧キリスト教の歴史のなかで生まれた。国家権力から自由な存在である教会で育まれたボランタリズムは、主体性や自発性に支えられ、草の根民主主義を体現するものだった。終戦直後にGHQ最高司令官マッカーサーに請われ、来日した宣教師の父を持ち、自身もクリスチャンのジョセフが、行政組織化し“お上”となった社協を批判するのはむしろ当然だった。
昨年、憲法を守るために、付けているだけで意志を示せる「憲法バッジ」を昵懇の作家・永六輔とともにつくり、配布したジョセフの活動は、被災地での“お上”との闘いと同じ想いが出発点なのだろう。
「これまで護憲のために左翼言論人が声を張り上げてきたが、憲法論議が深まることはなかった……。護憲派ばかりが集まり、自分たちにとって心地いい言論空間に閉じこもり、改憲派の意見に闇雲に反対するばかりか、ごく普通の人々の声なき声に耳を傾けなかったのです」
ジョセフの「憲法バッジ」は、米大統領選でトランプを支持する普通のアメリカ人が被っていた野球帽に通底する。声なき声をすくい上げるツールなのだ。
「ブレグジット(英のEU離脱)の次は、トランプ現象を巻き起こした“トレクジット”(トランプによる既存体制からの離脱)、そして被災地で生まれつつある日本の“ジェクジット”に連なる世界的な潮流が起きている。
これらは一見、バラバラの現象に映るが、普通の市民がようやく主役に立とうとしているという意味において、同じ潮流にある。そして、こうした流れは日本に及ぼうとしている。
日本人は総じて“お上”意識が強いけれど、被災地では『“お上”がいないと生きていけない』と思い込んでいた人々が『いなくても大丈夫』と気づき、『“お上”はむしろ迷惑な存在』と考えを一歩進めようとしている。このステップアップが大事なのです」
好きな食べ物は、天ぷらと冷奴。冬でも雪駄を履くジョセフは、青い目の「生粋の日本人」なのだ。そんな彼が愛する日本で芽吹きつつある「希望」が成就する日は近い。
※週刊SPA!上杉隆連載「革命前夜のトリスタたち」より
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