ライフ

日本を捨てて、カンボジアの安宿街に住み着いた60代男の「仕事と愛人」

オルセイ市場

オルセイ市場はこんなところ

「兄ちゃんパソコンとか得意? ワシのタブレット見てくれへん? ワシようわからんのや。頼むわ。な、な!」  そう言いながら、自分のタブレットを押し付けてくるホンダ。ボロボロにくたびれたタブレットのカバーにはマジックで何やら書き込みがぎっしり。目を細めると「xvideo.com」など、エロサイトのURLやAV女優の名前がぎっしり殴り書きしてあった。 「な、ええ女やろ? この女が勝手にいじりよって……」  スリープを解除すると、プロと思われるカンボジア人女性の壁紙がババーンと表示された。この女がホンダの爺さんと一発ヤッた後、浮気防止に自分の壁紙をセットしたらしい。元に戻せないホンダは、その売女の壁紙のまま半年以上も使い続けていたという。  奴のタブレットをいじくっている間も、カンボジア人からかかってきた謎の電話にいきなり応対させられたり、次々と押し付けられる無理難題に困惑するさなか、どこからともなく現れた20代半ばのカンボジア女が、いかにも不機嫌なしかめっ面で真横のテーブルに腰掛け、スマホをいじくり始めた。 「コイツ、ワシのスタッフなんや。オイ……、オイッ!」  ホンダが声をかけるが、女は顔も上げず、肩肘ついて足を組み、スマホのゲームに熱中していた。ホンダはカンボジア語をひと言も話せず、英語も20単語くらいしか使えない。女はホンダが(ド片言の英語で)話しかけてもほとんど無反応。たまに鋭い目でギッと睨み、私には目も合わせてくれない。 「ま、スタッフ兼愛人や……」  傍若無人な女の態度を訝(いぶか)しんでいると、ホンダがタネ明かししてくれた。  交際二年目。言葉でのコミュニケーションがほとんど無いのはよしとして、付き合い始めてから「妙な薬」を飲まされるそうで、飲むと決まって身体の力が抜け、意識を失っている間にカネを盗まれたり、タブレットやスマホを盗られたことも一度や二度ではないという。  あの……。それって、この女が泥棒って意味なのでは? 「そんなことええねん。コイツ、ワシのガキ産んでくれたし……。もっとも、ワシに隠れてカンボジア人の男とも会うてるみたいやし、そいつのガキかもしれへんけど」  初対面の相手に言い難い個人的な話題を、まるで他人事のようにサラリと言ってのけるホンダ。見かけによらず細かいことに拘らない大人物なのかも……。 「ま、アジアの女は優しいだのなんだの言う奴おるけど、全部デタラメやで……」  遠い目でつぶやいた後、ホンダは夜の営みについて語りだした。女はマグロもマグロ、本マグロ。いつも一方的に奉仕させられ、たまには尺八でも……と、顔の前にポコチンを突き出した途端、逆上した女に腹を蹴られ肋骨にヒビが入り、三週間、ほぼ寝たきり状態だったという。  身振り、手振りを交え、ホンダが話をしている最中、横でまさにその女がムスっとふてくされている構図。  エロサイトは見られても、自分のメールも満足にチェックできないチンピラ老人。そんな男に売れる要素ほとんどゼロの商品を数千個も背負わせ、現地語をひと言も喋れないまま、地の果てに送り出した「大阪の会社」の真意は何なのか。ホンダのこれからの活躍に期待したい。 【クーロン黒沢】 東京生まれ。90年代からアジア(香港・タイ・カンボジアなど)、洋ゲー、電話、サバイバル、エネマグラ等、ノンジャンルで執筆。強盗・空き巣被害それぞれ一回、火事・交通事故(轢き逃げされた)各一回、その他、様々なトラブルを経験した危機管理のプロ。現在は人生再インストールマガジン『シックスサマナ』発行人。同名のポッドキャストも放送中。
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