日本を捨てアジアに潜む自称“貴族”の老人たち――まともな職歴なし、怠け続けた人生に焦りなし
カンボジアの首都・プノンペン。その中心部からやや離れた大学構内に「カンボジア日本・人材開発センター(CJCC)」という立派な建物がある。
日本の税金で作られた公民館といったところか。内部には日本語の本を集めた小さな図書館もあり、日本の新聞や本がエアコンの効いた快適空間で読み放題とあって、連日多くの利用者で賑わっている。
利用者はカンボジアの真面目な大学生──と思いきや、中心となるのはよれよれシャツと短パンをユニフォームのように着こなす、黒々と日に焼けた目つきの悪い異様な老人グループだ。
ホームレスや行き場のない独居老人の休憩所と化した日本の図書館と同様、遥か遠く離れたこの図書館もまた、否応なしに在カンボジア・文化系老人のたまり場となっていて、限られた席をめぐり、たびたび小競り合いが起きている。
文化系といえど一枚岩ではなく、老人たちはいくつもの派閥に分かれいがみ合っているが、なかには誰かれ構わずケンカを売りまくった挙げ句、不良老人の派閥からも弾かれてしまった「一匹狼」と呼ばれる者も少なくない。
まずは、そんな一匹狼のひとり「Aさん(仮名)」をご紹介しよう。
ある朝、安宿街のオープンカフェで年配の知人とだべっていると、自転車で通りかかった60代の小柄な日本人男性がひょいと足をとめ、知人にぺこりと会釈した。
知人は男を一瞥して挨拶を返すなり、私の顔をチラリと見て「あちらはAさん。珍しい名字でしょ? なんてったって平安貴族の末裔だもんね」と意味深に男を紹介した。
「いやとんでもない。恥ずかしいからやめてくださいよ」
言われてみれば珍しい名字のAさん。朗らかに謙遜するも、なぜか目だけはこれっぽっちも笑ってない……。
後から知人が「平安時代から続く高貴な公家の家柄だって、アイツ本人が言いふらしてるんだよ」と、こっそり教えてくれた。
そんなAさんの先祖は、何を隠そう後鳥羽上皇の近臣にして、頼朝公に蹴鞠の才を評価されたこともあるという、知る人ぞ知る公家の歌人だ。
文字通り高貴すぎる家柄だが、カンボジアではただのおっさん。当の本人はタイ・カンボジアに通いだして約10年の年金生活者。前半生においても働いた経験はほとんど無いらしい。
平日は安宿から牛車ならぬ愛用のママチャリにまたがり、体感気温40度近い炎天下のなか、片道約5キロ離れた日本語図書館へ皆勤賞で通い、閉館まで一日中粘り続けるという生活を続けている。
一見、小柄でやさしげだが、実は人一倍短気でかんしゃく持ち。図書館に着く頃には暑さと疲れでイライラはMAX。そこに来て館内にはAさんに負けず劣らすアクの強い先客だらけ……。
なかでも、本すら読まず我が物顔で涼みに来る韓国人宣教師グループとは犬猿の仲。そんな韓国人のひとりを怒鳴り散らした(自身も涼みに来ている立場なのだが……)同じ日の夕方、駐輪場にあったAさんの自転車がイタズラされ、タイヤが不可解に切り裂かれるという事件が起きた。
犯人は韓国人? いやいや、普段から私語が多いとか態度が悪いとか、本当にどうでもいいことで他人に喰ってかかる性癖が災いし、館内に敵が多すぎて誰の仕業が特定できず、怒りのやり場が見つからないご様子……。
プノンペンにはこのAさんの他に、高貴の双璧をなすもうひとりの人物がいる。
アジアに潜む自称“貴族”の老人たち~日本を棄てた日本人~
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