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カート・アングル あっというまに“伝説の男”――フミ斎藤のプロレス講座別冊レジェンド100<第94話>

 典型的なベビーフェースのビジュアルなのに、いきなりヒールのキャラクターを演じたことでかえってスーパースターらしい毒をまき散らした。これはビンス・マクマホンのアイディアだった。  デビューからわずか1年でザ・ロックを下しWWE世界ヘビー級王者になった(2000年10月22日=ニューヨーク州オーバニー)。  “ストーンコールド”スティーブ・オースチンからもチャンピオンベルトを奪った(2001年9月23日=ピッツバーグ)。  プロレスラーになってからの4年間でWWE世界ヘビー級王座(通算4回)、WCW(WWE版)世界ヘビー級王座、インターコンチネンタル王座、USヘビー級王座、ハードコア王座、ヨーロピアン王座、WWE世界タッグ王座を獲得し“グランドスラム”を達成したが、そのあいだに持病の首(脊髄、脊柱、ケイ椎)の手術を合計3回受けた。  スポーツ医学のオーソリティーとして知られるロイド・ヤングブラッド医師は、2003年の時点でアングルに引退勧告を突きつけていた。  あっというまに大ヒット商品になったかと思ったら、あっというまに肉体も精神も“破損”していた。ここから先のストーリーは、アングル自身がみずからそのシナリオを描いた。  2006年、ビンスとついに衝突してWWEを退団。後発団体TNA(トータツ・ノンストップ・アクション・レスリング)ではTNA世界ヘビー級王座(通算6回)、新日本プロレスのリングではIWGPヘビー級王座を獲得した。  2017年1月、じつに11年ぶりにビンスと和解。同年3月、WWEホール・オブ・フェームで殿堂入り。現在は、引退宣言をしないまま、ロウ・ブランドのゼネラル・マネジャーとして毎週月曜の“マンデーナイト・ロウ”に出演している。 ●PROFILE:カート・アングルKurt Angle 1968年12月9日、ペンシルベニア州ピッツバーグ出身。NCAA選手権2回優勝(1990年、1992年)。1996年、アトランタ・オリンピックで金メダル獲得(220ポンド級)。1998年8月、WWEとマイナー契約。1999年11月、TVデビュー。WWE世界ヘビー級王座通算4回獲得。得意技はアンクルロック、アングル・スラム。合計4回の首の手術からカムバック。2006年、WWE退団。後発団体TNAと契約。2017年、11年ぶりにビンス・マクマホンと和解してWWEと再契約。同年、WWEホール・オブ・フェームで殿堂入り。現在、WWEロウ・ブランドのゼネラル・マネジャーとして毎週月曜夜の“マンデーナイト・ロウ”に出演している。 ※文中敬称略 ※この連載は月~金で毎日更新されます 文/斎藤文彦
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