「やられた。財布が、ない!」――世界23か国、2年と8か月も続けた「世界一周花嫁探しの旅」をやめる理由〈第43話〉
【17か国目 イギリス】
ロンドンに着いた初日、煙草をねだってきた浮浪者と一服しながら話をしました。彼の英語が全く聞き取れません。彼はわかりやすく伝えようともしません。発音が悪いと無視されます。ロンドンで宿泊していたシェアルームでは喫煙が禁止されてるため、この連載の原稿と原稿の合間にちょくちょく外に出て煙草を吸っていると、さまざまな浮浪者が寄ってきては共に一服しました。やはり英語が全く通じません。どうやら彼らは英国英語にプライドを持っているようで、クリアでわかりやすいインターナショナルな英語を話す気がさらさらないようです。俺はイギリスに長く滞在し、もう一度英語を勉強し直すことを決めました。
他にもイギリスに長く滞在しようとした理由があります。今まで旅してきた国にも当然浮浪者は沢山いました。お金をねだる彼らを皆、邪険に扱い、見下すような目で無視します。しかし、イギリスの人たちは、
「Sorry I can’t」
と礼儀正しく彼らに返答します。浮浪者も毅然としていて紳士的に対応します。流石、紳士の国。ジェームスボンドの国。俺はイギリスのそんな側面に少し惹かれていました。
「英語を勉強しながら英国文化を学んでジェームス・ボンドのようになってやる!」
ロンドンは英語学校が高いので、ロンドンの郊外にある映画「さらば青春の光」のロケ地で有名なブライトンという海沿いの街に移り、4か月ほど英語学校に通うことにしました。一か月の学費が1日3時間半の授業で3万4000円。マルタよりダントツに安い。もちろん先生は英国人のネイティヴスピーカーです。ブライトンの英語学校の国籍はフランス、イタリア、スペインなど90%がヨーロピアン。アジア人は学校にたった6人。皆、働きながら学校に来ているため、平均年齢は30前後。マルタより7~8歳年上です。俺はイタリアグループ、フランスグループの両方に参加し、英語だけでなく、ヨーロッパのカルチャーを英国パブで学びました。
ある日、仲の良いクラスメイトのイタリア人3人と授業終わりに日本文化の話で盛り上がっていました。
イタリア人①「ミスターごっつ、俺、カラオケってのをやってみたい」
イタリア人②「俺もやってみたいな」
俺「もしカラオケやりたいんなら、ブライトンで一つ見つけたよ。行く?」
イタリア人①「行きたい」
イタリア人②「俺も」
イタリア人③「俺も」
するとアジア系のクラスメイトたちも話に参加してきました。
タイ人「私も行く。私、カラオケ大好き」
中国人「ごっつ、歌いたい」
日本人「私もカラオケやりたい!」
俺「いいよ。じゃあ、俺が仕切るわ」
こうしてイタリア人とアジア人がミックスするカラオケパーティーを仕切ることになりました。
約束は3日後。WhatApp(世界中の人が使うSNS )でグループを作りカラオケ屋の名前と住所、日時、集合場所を明記しました。イタリア人が多いため、おいしいと噂のイタリアレストランを予約しました。7時30分学校前集合、8時イタリア料理屋、9時30分カラオケ開始というスケジュールです。しかし、一つ不安がありました。イタリア人は時間にルーズなので大幅に遅れる可能性があるということです。待ち合わせ時間に誰もいないと若干テンションが下がるので、真面目なタイ人とは6時に、中国人とは7時に集合場所の近くのカフェで会う約束をし、待ち合わせ時間には確実に人がいるようにしました。仲の良い日本人女子はカラオケから参加とのことです。
当日6時、カフェ。タイ人との待ち合わせ時間です。30分経経ちました。来ません。電話をしても電話に出ません。7時、中国人との待ち合わせ時間。中国人も来ません。7時30分、場所を移動し皆が集まる予定の集合場所に移動しました。なんとイタリア人①が待っています。時間にいい加減なはずのイタリア人が時間通りに……。
イタリア人①「ハーイ、ミスターごっつ。カラオケ行こうぜ!」
俺「あれ? 他のイタリア人2人は?」
イタリア人①「イタリア人は一時間以上は遅れるよ。他のアジアの3人は?」
俺「日本人はカラオケから参加。あとの2人は来てないし連絡もない」
イタリア人①「俺たちで行こうぜ!」
俺「じゃあ、少しだけイタリアンレストランで飯食いながら待たない?」
イタリア人①「イタリアレストラン?」
俺「WhatAppグループに今日のスケジュール書いてるよ。この後、イタリアンレスランでディナーをして9時半からカラオケの予定。もう予約してる」
イタリア人①「9時半か~。イタリア人はWhatAppの細かいスケジュールとか読まないよ。俺、お腹すいてないからディナーはいいや。一旦帰ってカラオケから合流していい?」
俺「……まぁ、構わないけど」
イタリア人①「店は?」
俺「海沿いのラッキーボイスって店。住所も電話番号もグループに書いてる」
イタリア人①「オッケー、じゃあカラオケ屋で会おう!」
俺は一人になりました。
30分経ちました。
「誰も来ない…」
すると一本の電話が。
イタリア人②「ごっつー。ごめんごめん。イタリア人①から聞いた。カラオケ今日だったね。すっかり忘れてて彼女と約束しちゃった。また今度でいい?」
俺「んー、しょうがないな。まぁ、また今度でいいよ」
すると偶然、イタリア人③が目の前を通りがかりました。
イタリア人③「あれ?ごっつ、こんなとこで何してんの?」
俺「今日、カラオケの約束だろ。お前を待ってんだよ」
イタリア人③「あー、今日か! オッケーオッケー、シャワーを浴びて後で行く。店は?」
俺「9時半に海沿いのラッキーボイスって店。住所も電話番号もWhatAppに書いてる」
イタリア人③「オッケー、じゃあ、後で」
なんなんだ、イタリア人のこの適当さは。
それにしてもタイ人も中国人も来ない。
そして10分後。
中国人「ごっつ、本当に本当にごめん。買い物してたら遅れちゃって」
俺「いいよいいよ」
中国人「あれ? みんなは?」
俺「イタリア人は後で合流する。タイ人がまだ来ないからレストランで待たない?」
中国人「そうだね。それがいいかも」
夜9時25分、イタリアンレストラン。タイ人が遅れてやってきました。
タイ人「ごめんごめん、遅れちゃって」
俺「約束の時間6時だぜ。3時間半遅れだよ」
タイ人「ごめんね。タイ人は大体約束の時間から用意を始めるの。ちょっとメイクに時間がかかっちゃって」
そうだ。タイも南の国だ。
テレビで世界の国と仕事をする時、南の国になればなるほど時間や仕事がルーズになり、何度も苦い経験をしたことがあります。その対策として1日何回も現地に念押しの電話をしていたことを思い出しました。すると、一本の電話が。日本人からです。
日本人「ねぇ、カラオケ今日だよね。5分前から待ってるけど誰も来る気配がないんだよね」
俺「5分前から待ってるの?」
日本人「そうだよ。なんで?」
俺「やっぱ、好きだわー日本人。最高!」
日本人「えー? 何? 何?」
その後、カラオケ屋で合流しアジア人だけで「We are the world」を熱唱しました。
結局、イタリア人は最後まで顔を出しませんでした。
おかげでアジアの結束がより深まり大盛り上がりとなったからよかったのですが。アジアは国は違えど、どこか共通する繊細な感覚があることを改めて実感しました。他にも今回の経験で一つの教訓を得ました。
「世界の飲み会を仕切るのに三日前以上の約束はダメだ。時間感覚が国ごとに違う。店は一軒のみ。二次会はどうなるかわからない。後、WhatAppグループに細かいスケジュールを書いても誰も読まない。次回から気をつけよう」
翌週、今度はインターナショナルフード交換会をやろうという話になり、今回も幹事を買って出ました。俺が仕切らないといつもの口約束で終わってしまいます。前回の教訓を生かし、今回はまず、口頭で人数確認。その後、WhatAppグループに細かいスケジュールを書き込みました。前日から授業終わりに何度も念押しし、当日は学校の黒板にアナログで、時間、場所を書き、大声で皆に来るよう告知しました。他のクラスの友達には紙で書いて場所・時間を告知。紙を回し、来る人には署名をしてもらいました。そして、イタリア人には特別にこんな措置を取りました。
俺「今日、7時からスティーブの家のパーティーくるよな? お前、前回ブッチしてるからな」
イタリア人①「行く行く。絶対行く」
俺「人数の最終確認してるから、来るならここに自分の名前を書いてくれ」
イタリア人①「おー、さすが日本人。細かくていいねー」
俺「来なかった空手チョップで殺す」
イタリア人①「ははは。死にたくないから絶対行くよ!」
そして、約束の時間。相変わらずWhatAppグループの細かいスケジュールや住所は読まないようで、ひっきりなしに電話がかかってきて細かい道順を教えることとなりました。結局、30分ほど遅れましたが今回は全員揃いました。イタリア人は自分だけでなく、彼女や妹まで連れてくるから予想を超える大人数となり大盛況に終わりました。
その後、イタリア人で学んだ飲み会仕切りのノウハウを使い、フランス、イギリス、スペイン、チェコ、スイス、トルコ、エジプトなど、いろんな国の人が集まる食事会や誕生日会を何度もセッティングしました。そうしてるうちに小さな学校で有名になり、皆が俺に話しかけてくるようになりました。
フランス人「ねぇ、ごっつ。今晩、フランス人で集まってホームパーティーをするんだけど来ない?」
イタリア「ごっつ、この後イタリア人の友達とエスプレッソ飲みに行くけど、お前も来いよ」
中国人「ごっつ、今度はアジア人だけで安くてメチャクチおいしい中華料理屋に行かない? ブライトンに住んでる中国人が一番おいしいと言ってる店だよ」
毎日毎晩誰かしらから、何らかのお誘いを受けるようになりました。違う国のグループに日本人の俺が一人だけ混じることも多々ありました。最初は何だか変な気持ちでしたが、途中からそれもどうでもよくなり、その国のノリを楽しむようになりました。恋愛トークも仕事の話も国ごとに違って面白い。まるで世界を旅しているようです。俺はとてもいい経験をしているなと思いました。
ちなみに時間にルーズなイタリア人同士だとどうやって飲み会を仕切るのか? イタリア人①がこっそり教えてくれました。すごくシンプルなルールです。約束したレストランに一番最後にきた人が、みんなの分のワインを一杯だけ奢るそうです。
「なるほど! それ、使える!」
ブライトンではハロウィンやクリスマス、ニューイヤーパーティーなどキリスト教圏のカルチャーを心から楽しみ、学習しました。スコットランドにスコッチウィスキーを飲みに行ったり、スタンダップコメディや軍隊のパレードなどを見に行ったりしました。悪友たちからたくさんの悪い言葉を学び、沢山の悪い日本語や変な日本語を教えました。
また、週に一回、英語字幕の映画を鑑賞し、ボキャブラリーや内容をいかに把握してるかをテストする英語学習イベントに参加しました。偶然にもその主催者が自分のクラスのイギリス人先生だったという、運の良さもありました。学校が小さかったため、授業終わりで先生たちと毎日のようにパブに行き、今日覚えた単語や表現、発音をその場でトライ、間違って使用していたら先生がビールを飲みながら正してくれるという最高の環境を得ました。クラスでも積極的に喋るように心がけました。筆記テストはいつもクラスで1番か2番。煙草を吸う時も飲みに行く時も、なるべく多くの人に話しかけ、スピーキング力とリスニング力を上げるようにしました。イギリス訛りも少し覚えました。
先生「ごっつ、アメリカではウォーター(水)っていうよね。イギリスではウォッアー。ア・カップ・オブ・ ティーをカパティーって発音するんだよ。さぁイギリス英語を発音して!」
俺「I don’t need Fucking ウォッアー I wanna cracking English カパティー」
先生「Welcom England! ごっつ、だいぶイギリス英語がわかってきたね~」
(※cracking とは「ものすごく良い」という意味で、やや古いイギリス英語)
いつの日か忘れましたが、完璧とまでは言わないまでも、イギリス人の英語が聞き取れるようになっていました。町の浮浪者とも少しは会話ができるようになり、字幕付きの映画教室でのグループテストでもみんなと遜色のないレベルになっていました。もちろん、おじさんから始めた英語なので日本訛りはなかなか取れませんが……。
ニューイヤーパーティーの時、アメックスで働くイギリス人ネイティブグループに混じり、幾つかのジョークが鋭くウケた時、「そろそろイギリスを去ってもいいかな」と思いました。語学の勉強はキリがない。やればやるだけ上達するけど、時間もお金も費やしてしまう。俺は6か月の英国英語漬けの生活を終え、お隣フランスのパリに移動することにしました。 結局、ジェームスボンドにはなれませんでしたが…。
1969年大分県生まれ。明治大学卒業後、IVSテレビ制作(株)のADとして日本テレビ「天才たけしの元気が出るテレビ!」の制作に参加。続いて「ザ!鉄腕!DASH!!」(日本テレビ)の立ち上げメンバーとなり、その後フリーのディレクターとして「ザ!世界仰天ニュース」(日本テレビ)「トリビアの泉」(フジテレビ)をチーフディレクターとして制作。2008年に映像制作会社「株式会社イマジネーション」を創設し、「マツケンサンバⅡ」のブレーン、「学べる!ニュースショー!」(テレビ朝日)「政治家と話そう」(Google)など数々の作品を手掛ける。離婚をきっかけにディレクターを休業し、世界一周に挑戦。その様子を「日刊SPA!」にて連載し人気を博した。現在は、映像制作だけでなく、YouTuber、ラジオ出演など、出演者としても多岐に渡り活動中。Youtubuチャンネル「Enjoy on the Earth 〜地球の遊び方〜」運営中
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