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オウム真理教は、なにがきっかけで狂気に走ったのか?

 熊本県八代市の極貧家庭に生まれた麻原彰晃こと松本智津夫。地下鉄サリン事件などを引き起こしたオウム真理教を率いた彼は、今年7月6日に東京拘置所で死刑を執行され、63年の生涯を閉じた。

麻原彰晃

麻原彰晃こと松本智津夫

 幼少期から中国共産党の指導者・毛沢東に傾倒し、6歳から20歳まで在籍した盲学校では児童会長、生徒会長、寮長に立候補(※すべて落選)するほどの権力志向を見せた。長じては教祖・麻原彰晃として、1万人を超える信者に君臨し、幾多の殺人やテロを主導した末の最期だった。

 教団の歴史は、’84年2月に29歳の麻原が東京都渋谷区で立ち上げたヨガ道場「オウム神仙の会」にさかのぼる。精神世界や超能力に関心のある20~30代の若者たちをひきつけ、のちの大幹部となる早川紀代秀、上祐史浩、新実智光、遠藤誠一、林泰男らが馳せ参じた。

 やがて’87年2月に大阪支部を開設して意気上がる同会は、同年7月に「オウム真理教」に改称。さらに11月にはニューヨーク支部を開設するなど、大々的な布教活動に乗り出すことになる。

 発足時の教団のセールスポイントは、空中浮揚などの超能力や神秘体験が主だったが、’88年末頃には、終末思想が色濃くなっていく。近づく世紀末での世界の終わりを意識しながら、いかに自分の未来を切り拓くべきか。そんな若者の迷いに多くの新興宗教が食い込んでいくなかで、最も成功した代表格がオウム真理教だった。

 世紀末に起こるハルマゲドンにおいて、出現する救世主が麻原であり、麻原に帰依する善の人々が悪に勝利して真理の世界がやってくる……そう信じ込んだ若者たちは、来るべきその日に備え、一心不乱に修行に励んだのである。

オウム真理教
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信者の事故死が狂気へと走らせた

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