R-30

42歳で発達障害と診断された女性。「ほっとした」後にやってきた苦悩

発達障害と診断されて感じたこと


「無邪気に“私じゃなくて発達障害のせいだったんだ”と思えたのは、最初だけでした」

 42歳のときに発達障害の診断を受けた小野明美さん(仮名・48歳)は、安堵した。コンビニのアルバイトが上達しなかったこと、職場でいじめを受けたこと、元夫とうまく夫婦喧嘩ができなかったこと、糖尿病を患ったこと――発達障害ならばどれも仕方がなかったことなのだ、と。私ではなく、発達障害のせいだったのだ、と。

発達障害グレーゾーン

小野明美さん(仮名・48歳)

 しかし、無邪気にそう考えていた当時、「診断の本当の意味がわかっていなかった」と小野さんは言う。

 診断に至ったきっかけは、コンビニのアルバイトだった。最初の3ヶ月程度、仕事をパターンの反復で覚えてなんとかこなすことができたのは、他に経験してきた仕事と同様だった。しかしパターンで覚えられなくなってくる頃からいつも混乱し、後輩にどんどん抜かれた。店長の妻から「あなたは4ヶ月目から伸びなくなっちゃったのよ」と苦言を呈されたことをよく記憶しているという。

 ある日、同僚の店員から「掃除に何分かかってんの」と叱られ、客からは「アイスクリームが溶けちゃう」とクレームを言われた。パニックに陥り、周りの言葉が日本語でないように聴こえてうずくまった。その晩、「ひょっとして私も発達障害かもしれない」とふと気付いた。

 当時、娘がすでに発達障害の診断を受けていた。にもかかわらず、自分自身がそれに該当するとはまったく考えていなかった。小野さんは、自分のことに思いを巡らせる余裕がなかったのだ。すぐに娘の主治医のところに行くと、発達障害の診断が下された。小野さんは“無邪気に”ホッとした、という。

「ああよかった」という思いは、ゆっくりと辛さに変わっていった。悔しさや怒りもふつふつと湧いてきた。

 娘と自分自身の診断をきっかけに、発達障害について勉強をした。特性の理解はいやというほど深まった。考え出すと「脳内会議」が止まらない。そして理解が深まれば深まるほど、自分で過去の自分を精神的に殴りつけているようになってしまう。「こんなにできていなかったのか」「こんな風に思われていたのか」と思ってしまうことを止められない。パワハラのような目に遭っていたことにも後から気付き、怒りや悔しさがこみ上げてきた。さまざまな場面で、ゆっくりと過去がフラッシュバックしてくる。

 職を離れた後に通った障害者職業訓練センターで行われていた特性理解の授業では、心の傷がえぐられた。「上司に声をかけるときには」などのテーマをグループワークで話し合っていると、かつての自分がどんな失敗を踏んできたか手に取るように理解できてしまったのが辛かった。さらに、ずっと我慢して生きてきている分、「それがしんどいことだ」という感覚がなかなかつかないと気付いた。自分をケアするという発想が、小野さんにはなかった。

次のページ 
7年間の結婚生活も…

1
2
3
発達障害グレーゾーン

徹底した当事者取材! 発達障害の認知が広まるなかで増える「グレーゾーン」に迫る





おすすめ記事