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AKB48総選挙「今年は見送り」で振り返る名シーン集。結婚宣言、卒業発表…

 2009年から毎年開催され、ファンではなくとも注目を集めてきた「AKB48選抜総選挙」。昨年には第10回という節目を迎えていたが、今年は実施を見送ることがAKB48のオフィシャルブログにてアナウンスされた。

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画像は、2019年3月13日のAKB48オフィシャルブログより

 詳しい理由は明かされていないが、HKT48の指原莉乃は「色々なことの整理、説明ができていない中での開催はもちろんできないので仕方がないと思っています」と、Twitterで心境を吐露。その背景には昨年12月に起きた、NGT48の山口真帆を巡る騒動があるのかもしれない。

 さて、過去の選抜総選挙を振り返ると、誰が1位を取るのかというランキングの行方はもちろん、開票イベントでのスピーチも含め、さまざまな出来事が起こり注目されてきた。今回は、そのなかでも印象的なエピソードを5つピックアップしてみよう。

第3回(2011年):AKB48のエースが残した切実すぎる“名言”


 選抜総選挙の名シーンといえば、第3回における前田敦子のスピーチは欠かせないだろう。

 第1回で初代女王に輝いていた前田は、第2回で大島優子に惜敗。第3回でも大島との一騎打ちとなり、見事1位を奪還したわけだが、その顔に笑顔はなかった。むしろ開票イベントの観客に向かって、「一つだけお願いがあります。私のことは嫌いでも、AKBのことは嫌いにならないでください」と、涙ながらに訴えてみせたのだ。人気者の宿命か、彼女の耳にはアンチからの声が否が応でも届いていたに違いない。

 AKB48卒業後は俳優の勝地涼との間に第1子となる男児をもうけ、母となった前田。アイドルという重圧から解放され、のびのびと子育てに励んでほしいものである。


第4回(2012年):総選挙後に“文春砲”を食らい、まさかのグループ移籍


 続いては、第7回~第9回と選抜総選挙で3連覇を達成した指原莉乃。さかのぼれば第1回から出馬していた彼女は、27位→19位→9位とじわじわ評価を高めていき、2012年の第4回では4位にまで上りつめることになる。

 だが、そんな喜びも束の間。開票イベントの直後に“文春砲”の餌食となり、指原のファンだったという元彼の暴露によって、スキャンダルが発覚してしまったのだ。もともとAKB48に在籍していた指原は、プロデューサーの秋元康の命で、まだ2011年10月に誕生したばかりだったHKT48へ“左遷”となった。

 もっとも、その後の大躍進を考えれば、これは左遷ではなく“栄転”だったのだと考えることもできるだろう。テレビ番組で「文春砲は私がパイオニア」と開き直ってしまうほどのたくましさで、現在は芸能界での地位を確固たるものにしている。HKT48のメンバーとしては4月に卒業コンサートを控えているが、今後は果たして……。


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総選挙における“卒業発表”の元祖?

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