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若手劇作家・根本宗子が各界から熱い注目を集める理由

 松尾スズキ、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、三谷幸喜など、重鎮がいまだ健在な演劇界。そのなかで、今もっとも注目される若手劇作家が根本宗子、通称「ねもしゅー」だ。故・十八代目中村勘三郎に薫陶を受け、3歳から歌舞伎を観ていたという“舞台の申し子”。演劇ユニット「月刊『根本宗子』」が10周年を迎える今年、彼女が描くこれからの物語とは?

中高6年間車椅子で演劇だけが楽しみの学生時代でした

――今年の3月まで『オールナイトニッポン0』で、ラジオパーソナリティを務めていました。小学校から女子校育ちということで、深夜の女子トークが爆発していましたが、幼少期はどんな子供でしたか? 根本:一人っ子だったので、大人の会話を聞いて観察するイヤな子供でしたね(笑)。あと、収集癖があって、たとえば肉まんのタケノコがおいしいと気づいたら、それをラミネート加工するようにセロハンテープでくるむ。見つけた時の母の顔はいまだに忘れません。(笑) ――印象に残った物事をパッケージングしていた? 根本:昔から好きだったみたいです。まつ毛をいじっていたら8本同時に抜けてびっくりしたので、一本一本並べてセロハンテープで保存したり(笑)。私は自分に起きたことをフィクションに置き換えて書くので、この収集癖が今の台本の書き方に繫がっているのかもしれません。 ――演劇に目覚めたきっかけは何だったのですか? 根本:中村勘三郎さんの存在です。もともと母が勘三郎さんの奥様と友達で、家同士が仲良かったんです。その縁で歌舞伎が身近にあったことが、本当にありがたかったです。 ――羨ましい環境ですね。 根本:勘三郎さんは実の父と変わらないくらい自分にとって大切で偉大な存在で、子供の私に対しても大人の役者さんと話すのと同じ熱量で話しかけてくれました。その表情を見て、「演劇を作るのは、きっとすごく楽しいことなんだろうな」と思っていました。でも、当時の私は、ひたすらモーグルに打ち込むスポーツ少女でした。 ――本気になったのは、いつ頃? 根本:中1のとき、校内リレーで股関節を骨折して、6年間車椅子生活になったんです。スポーツの道が絶たれて意気消沈していたとき、母に連れていってもらったのが、勘三郎さんが出演した松尾スズキさんの舞台『ニンゲン御破算』。とにかく圧倒的な衝撃を受けて、そこから観劇が車椅子生活の唯一の楽しみになりました。いつか松尾さんに会って話をしてみたい。高校生になると、真剣に舞台を作りたいと思うようになりました。 ――もともと役者志望だったとか。 根本:そうですね。でも、役者一本でいくには怪我の後遺症が大きくて。決まった速度で走れなかったり、右側に倒れられなかったりと動きに制約がある。どうしようか考えて、「だったら、自分で書けば自分でも無理なく演じられる舞台が作れる」と台本を書くようになったんです。
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自分に起きたことはすぐ台本に書きたい
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