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漫画家・吾妻ひでおさんが死去。失踪どん底生活を、江口寿史さんと語った日

なるべくダメなヤツに描いたほうが日記はおもしろい

――「作者自身が出てくる」作品の究極ともいえるのが「日記」ですが、自分が主人公の作品を描くことの楽しさ、苦しさはどんなところにありますか? 江口:自分ばっかり描いてると飽きるっていうのはありますよね。 吾妻:あとは、作者である自分が漫画のなかで自由に遊んでいる感じが、現実と乖離しているのはつらいですね。手塚治虫さんの作品も作者がよく登場しますが、読んでいるぶんには楽しかったんだけどな……。 江口:吾妻さんは、『失踪日記』や『アル中病棟』は元になるようなメモは取ってたんですか? 吾妻:いえ、全部記憶で描いてます。 江口:え!? ほんとですか? ぼくは何でも細かくメモしてます。今回の『正直日記』も、当時ホームページに掲載していた日記が基になっています。今はホームページの日記は書いてないけど、この日誰と会ったとか何を食べたとかは全部記録してます。そういう日常生活のことって、書いておかないと忘れちゃいませんか? 吾妻:日常生活は忘れちゃうだろうけど……ホームレス生活は忘れないですよ。失踪中は、ガス屋で働いているときが一番健康的でしたね。朝から夕方まで働いて、焼酎を3合飲んで寝る。 江口:あの時期の描写だけはお酒がおいしそうでしたね。 吾妻:まあ、アル中はアル中なんですけどね。飲まないと寝られなかったから。

失踪中に飲んでたサラダオイルはうまかった

――日記は基本的にノンフィクションですが、ときには脚色やウソも入るものなのでしょうか? 吾妻:基本は本当のことを描きますが、ウソも描きます。でもウソを入れるときはわかるように描きます。「愛人が3人いる」とか、「北海道に牧場を持っている」とか。 江口:僕の場合は半々ですね。全部「正直」には書いてません。半分は誇張もあるし、入れ替えもあります。 吾妻:『正直日記』はおもしろいけど、読んでいるとつらくもなります。まとめると、大酒飲んで下痢して二日酔いで原稿オトすって話なんだけど。 江口:(笑) 吾妻:ポツポツと原稿を落とし始めて、最後はどしゃぶりになっている。吉田戦車さんも「読んでいるとだんだん胃が痛くなる」と言っていましたよね。今回描き下ろした新作漫画「金沢日記2」も胃が痛くなる。単行本時から収録されていた「金沢日記」の第一弾は、田村(信)さんと和泉(晴紀)さんと、漫画家仲間で山上たつひこさんのアシスタントをしに金沢まで行くっていう楽しい話だったのに、続編 の2では打って変わって……。 江口:今回帯に使われている「江口さんには心底あきれました」っていう山上先生のひとことは、描き下ろし漫画に出てくるひとことなんですけど、冗談じゃないですからね。本気ですからね。でも、自虐もやりすぎは禁物だけど、なるべくダメなヤツに描いたほうがおもしろいじゃないですか。 吾妻:自分に酔ったような描き方をしても、読むほうはつまらないですしね。 江口:日記なんだけど、自分を俯瞰しているんですよ。これやったらネタになるんじゃないか、おもしろいんじゃないかと思う自分がいる。『失踪日記』のなかでは吾妻さんがサラダオイルを「おいしい」って飲んでいるのが印象的だったんですけど……。 吾妻:あれはおいしかった。 江口:おいしくないでしょ! 化け猫じゃないんだから! 吾妻:いや、揚げ物に使ったあとの油だから、エビとかカツとかの匂いがうつってて。 江口:そうか、味がないわけじゃなかったんですね(笑)。 最後は、江口氏がいま気になっている女性タレントをスライドで紹介。美少女絵の第一人者である江口氏と、萌えの元祖とも言われる吾妻氏は、注目している女性タレントにも共通点が!? 特に、江口氏がグラビアアイドルの中村静香を紹介したときは、思わず「しーちゃん……!」と静かに叫んだ吾妻氏。「60歳過ぎてしーちゃんとか言ってていいのかなオレ……」と若干反省する吾妻氏だったが、会場は爆笑。江口氏も「吾妻さんとは絶対女のコの趣味がかぶっていると思っていたので、今日確認できてうれしいです」と満足げだった。
江口寿史×吾妻ひでお

来場者限定で、吾妻ひでお氏によるひばりくん(「ストップ!! ひばりくん!」)、江口寿史氏によるユキ子さん(「ふたりと5人」)が描かれたペーパーが配布された

●江口寿史 56年、熊本県生まれ。漫画家、イラストレーター。代表作に『ストップ!! ひばりくん!』『すすめ!!パイレーツ』など。92年に「江口寿史の爆発ディナーショー」で第38回文藝春秋漫画賞受 ●吾妻ひでお 50年、北海道生まれ。69年『まんが王』でデビューし、以降次々に不条理ギャグ、SF、美少女漫画の元祖として活躍。ブランクを経て発表した自伝的漫画『失踪日記』(イースト・プレス)で再び注目を集め、復活を遂げる 司会進行/穴沢優子 取材・文/牧野早菜生 撮影/我妻慶一
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