更新日:2023年04月27日 10:26
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子供部屋おじさんの秘密を知った僕らは、また余計なことをして――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第68話>

楽園から通じていた謎の小部屋

 それはこの世の楽園のようだった。  マンガは読み放題だ。ファミコンもやり放題だ。たまにおじさんのお母さんがジュースをくれる。ミミズを掘り起こしていた貧民時代になんてもう戻れない。あれはなんだったのだろうか。蜃気楼か。そう思ったほどだった。 「いつでも勝手にあがってきていいよ」 「プラモデルはダメだけど、ちゃんと返してくれるならここにある本は好きに持って帰っていい」  おじさんはそう言った。何が彼にそこまでさせるのか。この世に神はいるのだと心から思った。  子供とは面白いもので、それが社交辞令だとかは考えない。言われたまま、勝手に上がっておじさんと遊び、めぼしい漫画を持ち帰る日々が続いた。それも友人全員でだ。おじさんの子供部屋が一気に賑やかになった。  そんなある日、事件が起こった。これは書くべきなのかさんざん迷ったのだけど、たぶんもう時効なので遠慮なく書かせてもらう。  その日も、僕と友人、あのおしっこを漏らしたやつだけど、二人で子供部屋おじさんのところに行った。いつものごとく家に上がると、おじさんはプラモデルを作っていた。部屋にはシンナーの匂いが充満しており、ちょっと気分が優れない感じになったが、気にせずに漫画を読み始めた。 「やべ、塗料切れた」  おじさんはそう言った。プラモを塗っている途中で足りなくなったらしい。本当に仕方ないから買いに行くか、とここまで渋々と外出する人がいるのかと思うほどに渋々な感じで出かけて行った。 「おい、チャンスじゃね? あの部屋にはいるチャンス」  おしっこを漏らした友人がそう言った。あの部屋とは、おじさんの子供部屋から繋がる小部屋のことだ。本棚の横に木製のドアがあって、それは物置小屋みたいな場所に繋がっている感じだった。家の間取り的にそこまで大きい部屋でないことはなんとなく予想できた。 「この部屋には絶対に入ってはいけない」  いつもは抑揚なく話すおじさんだったけど、この言葉だけはかなり強い口調で言っていた。だから本当に入ってはいけないんだと強く認識していた。けれども、今がチャンスだからあの部屋に入ろうぜと友人は言う。しょんべんくさい顔しやがってそう言ったのだ。 「やめとこうよ」  僕はこの楽園が壊されるのが怖かった。またミミズを掘るみじめな日々に戻るのだけはまっぴらごめんだった。だからおじさんの怒りを買うようなことはしたくなかった。入るなと言われた秘密の部屋、もしそれがバレたら失楽園となってしまう。それが怖かった。
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おじさんの秘密の部屋にあったものは……
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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