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稲盛和夫の経営哲学は言葉から生まれた

いまの仕事楽しい?……ビジネスだけで成功しても不満が残る。自己啓発を延々と学ぶだけでは現実が変わらない。自分も満足して他人にも喜ばれる仕事をつくる「魂が燃えるメモ」とは何か? そのヒントをつづる連載第144回
ビジネスマン

※写真はイメージです

 稲盛和夫という実業家がいる。京セラと第二電電を創業し、倒産した日本航空を再生に導いた人物だ。  京セラは創業から14年で大証二部上場、3年後には東証一部に上場、その翌年には当時日本一だったソニーの株価を抜いた。その躍進の根底には、稲盛和夫の経営哲学があった。  その哲学の一つが「手の切れるような製品を作れ」だ。これは「あまりにも素晴らしく、あまりにも完璧で、手を触れたら切れてしまいそうな、それほど非の打ちどころがない、完全無欠なものづくりを意味している」と彼は説いている。  この表現はもともと「手の切れるような一万円札」のように、紙幣が真新しく、しわがないことのたとえとして使われるものだ。それを稲盛和夫がものづくりに転用した過程には、彼の両親の影響がある。  彼の父親は「稲盛調進堂」という印刷工場を経営していた。こうした家庭環境で「手の切れるような」という表現が、日常的に使われていたことは想像に難くない。実際に彼の著書『燃える闘魂』(毎日新聞出版)でも、そう言及されている。  言葉や行動は常に誰かの影響を受けている。子に対する親の影響は特に大きい。稲盛和夫は印刷工場を営む家で生まれ育った。だからこそ、彼の「手の切れるような」という表現には重みがあり、周囲は耳を傾けるのだ。  このことは、印刷に縁のない他の誰かが、「手の切れるような」という表現を使っても、説得力がないことを意味している。自分の体験によって裏打ちされていない言葉は空虚なものになる。
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生活の中から言葉を見つけることが大切
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