フィンランドの新首相から学ぶ「すべての女性が輝く社会」の意味/鈴木涼美
12月10日、前政権で交通・通信大臣を務めていたサンナ・マリン氏がフィンランドの首相に就任。これにより連立与党5党の党首はすべて女性、そのうち4人が35歳以下となった。
原泰久による漫画『キングダム』は古代中華の史実に着想を得ながらも、実は現代社会において示唆に富む側面を持つ。多民族が入り乱れるダイバーシティ軍がいれば、上下関係が強烈なパワハラ軍もいる。生まれ故郷と今いる国が違うのも普通。下僕出身と名家出身の両方の苦悩が描かれる一方、軍や隊は、家族を持たない者の受け皿機能を持つ。勝つために手段を選ばない現実主義の武将も、人権無視の彼らに反発する武将もいる。
面白いのは女性の登場の仕方で、凡将や一般の兵卒が集まる軍隊は100%男性だが、天才的な大将軍や剣士・軍師には女が結構いる。一方平凡な女はというと、王のお世継ぎを出産したり、村で兵士の帰りを待ったりしている。超エリートを除いて男女の性差が顕著ともとれるし、才能ある者は男女の別なく活躍できて、才能のない者は性別に合った歯車になるという点でフェアでもある。
ただ、男はトップと兵卒がそれぞれお互いの顔が見えるのに対し、軍の本陣で軍略を練る天才女と村で待つ女たちとの間には繋がりがない。この時、天才女性と村の女との分断は、村における男女の差よりずっと深く、互いの苦悩を知る由もない。
戦国の世を超えて、トップたちが軍だけでなく社会の仕組みも作るのだとしたら、やっぱり一番存在を無視されるのは、エリート男女でも兵卒でもなく村の女たちだろう。私は日本における女性活躍や女性の分断を考えるとき、この『キングダム』を思い出す。分断があるのはどこか、活躍しているのは誰か、活躍している人から見えない人は誰か、企業の役員や政治家に女性を登用したところで、分断や無視が少しでも改善されるのか、と。
フィンランドで34歳の女性首相が誕生した。同国では3人目の女性トップだが、世界最年少の国家指導者であることや、父親がアルコール依存で貧困を経験していることや、離婚後は女性同士のカップルに育てられたこと、事実婚状態で子供がいることなど、まさに多様性無双みたいな肩書で、各方面が沸き立っている。確かに新首相は『キングダム』で言えば天才大将軍級のスーパーウーマンだ。
しかし本来注目すべきは、超若手女性が抜擢されたことではなく、同国における女性の就業率、平均収入の高さなど社会全体の構造バランスのほうだ。それらを見ると、本来的な意味で社会参加している女性が多い同国で、新首相が生まれるべくして生まれたこと、凡将や兵卒たちと彼女がちゃんと繋がっていることがわかる。
おじいさんたちがシュレッダーを挟んで政局を争う極東の島国で女性トップが生まれたとしても、女帝と村の女たちの間の深い分断がすぐに解消されるわけではない。誰しもが無視されない社会への道のりは果てしなく遠いが、だからって開き直られても困る。「すべての女性が輝く社会」と掲げる安倍内閣の内訳は現状19人中女性2人に70代男性6人。すべての女性がどんな生物を指すのか、輝くとは一体どんな事態なのかすらわかっていないんじゃないか。
写真/時事通信社
※週刊SPA!12月17日発売号より’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中
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