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薬物依存者の更生より、ゴシップを優先するみっともない国/鈴木涼美

1ミリリットルの何か/鈴木涼美

街

逮捕前夜、渋谷のクラブに向かう途中だった美人女優の映像が繰り返し放送されているが、有名人の薬物逮捕の際は、事前にマスコミに情報がリークされることも多い。逮捕劇をある種のショーにしてしまう薬物報道のあり方に対して、薬物依存への偏見や誤解を助長すると疑問の声も上がっている

 以前良識派の教育関係者が、服装や髪形などの校則を厳しくする教師は多様な生徒を教育する自信がないのを世に晒しているようで非常にみっともない、と話していた。  かつて服装や髪形の規則を破ることに命をかけるくだらない学生だった私はこういうまともな教師ばかりでも張り合いがないなと思ったのだけど、では彼理論を応用すると、医療用途やソフトドラッグも含めて薬物取り締りや罰則を厳しくする国は、大麻ユーザーごときもハンドルできないと白旗をあげていることになる。そして大麻所持が紙面で時に重犯罪と同等の扱いを受ける日本は確かに白旗をあげており、治安の良さや教育水準の高さに誇りを持つ人にとっては不本意にみっともない姿を晒していることになる。  さて、意外と言われると微妙なのだけど、私は現状の日本での娯楽用の大麻合法化にはそれほど積極的な立場ではなく、その「ハンドルできない」という評価を不当に思うかと言うと妥当かなとすら思う。  いい年の国会議員が酒気帯びでロシアと戦争しようと言い出したり、政権と懇意の記者が泥酔した就活生とホテルにしけ込んだり、普段は飲酒不可の桜の名所で時の首相が1万8千人のお友達と美酒に酔いしれてついでに支払い明細を都合よく紛失しているような国は、もはや酒すらほとんどハンドルできていないので、みっともない姿なのはドラッグの取り扱いを見るまでもなく明らかだ。  3月の大物ミュージシャンを皮切りに、今年は元ジャニーズタレントとそのカノジョ、常連の元芸人、反省してなかったスノボ選手、そして女王様キャラの美人女優と有名人の薬物逮捕が目立った。  五輪前に捜査当局が本腰という報道もあれば、芸能界の闇や苦悩にフィーチャーした記事も見かけるが、神輿に乗る者が草鞋を作る者より選民意識が高かったり、芸術職が事務職より刹那的だったり、売り物になる者が消費する者より病的だったり、危なげな人が時に強烈な魅力を放つのは珍しくないどころか歴史的に明らかなので、報道を見た感想は「別に」である。  関係者への多大な迷惑や人生を棒にふることがわかっていたはずとの声もあるが、そういう不安や面倒から一瞬だけ完全に解き放ってくれて「別に」って気分にさせてくれるのがドラッグでもある。  違法な薬物使用を個人売春やギャンブルと並べて被害者なき犯罪と呼ぶことがあるが、正確に言い直すと被害者と加害者が明確に分かれず、両者が重なり、入れ替わり、運や体質や環境や規制や支援に大きく影響されながら、時に個人を滅ぼす威力を持つのがそれらである。  たとえ加害者的側面があっても更生できる多様なプログラムをゴシップより優先する気が官民双方にないならば、自分らがハンドルできる優等生だけで国と芸術をつくるしかない。外国人を入管に閉じ込め、外国籍の住民に嫌なら国に帰れなんて暴言を吐く暇があったら、大麻疑惑の人間をより大きな薬物で逮捕できるまで泳がすのではなく、やりたいならハンドルできる国に移住しなよと入れ知恵したほうが、まだ生産的だと思うのだ。 写真/滝本淳助 ※週刊SPA!11月26日発売号より
’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

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