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父親の死で直面した「商品としての葬儀」の話/鴻上尚史

父親の死と商品としての葬儀の話

ドン・キホーテのピアス 父親が亡くなりました。  新年一回目の連載から書くことではないと思うのですが、今、どうしても書きたくて書いています。いや、申し訳ない。正月早々、縁起が悪いよ、という方はスルーして下さい。  去年の12月17日、夕方6時過ぎでした。  もともと、この日、肺炎で入院したという父親を見舞うために、故郷に帰る予定でした。松山空港に6時半ぐらいに着いて、弟からのラインで、「病院に電話して下さい」に続いて「間に合いませんでした」という文章が続いていました。  僕に連絡がつかなかったので、弟の携帯に病院から連絡があったのです。  故郷、新居浜市に着くと、遺体はすでに病院から葬儀会館に移されていて、地元に住む叔父夫婦が待っていてくれました。  葬儀会館の一室で眠る父親の顔を見ました。  89歳でしたから、平均寿命を超え、天寿を全うしたと言えるのですが、それでも、唐突な死でした。  亡くなる二日前には、見舞いに来た叔父夫婦と会話をしていたと聞きました。二日で急変したのです。  葬儀社の人が来て、定型のお悔やみの言葉の後、「今から、いろいろとお話しします。2、3時間、かかります。大丈夫ですか?」と聞かれました。 「2、3時間」という長さが、「大変なことが起こった」という一番の実感でした。  葬儀社の人はとてもよくしてくれました。何の問題もないどころか、深く感謝しています。  それでも、次々に示される「商品としての葬式」のカタログにだんだんと怒りを覚えました。  それが資本主義なんだ、葬儀もその原則に従っているだけなんだ、と言われればそれまでなのですが、それでも、骨壺が数千円から数百万円までの値段で示されていたり、棺桶が質素なものから華美なものまで数万円から数十万円まで表示されていたり、父親が最後に着る死装束が何千円から何万円までだったり、父親の周りを飾る花束の値段だったり、意味が分からない儀式のあれこれが何万円や何十万円もしたり、お通夜に出す食事のランクがいくつかあったり、葬式の後の精進落としと呼ばれる会食のランクもさまざまにあったりと、すべてが金額に、それもかなり高額の金額で装飾されていくことに、だんだんと哀しみながら怒りがわいてきたのです。
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父親の死で経験した初めてのこと
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