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この世に不要なものなどない。陳腐なAVの脚本でさえも尊い――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第77話>

 昭和は過ぎ、平成も終わり、時代はもう令和。かつて権勢を誇った“おっさん”は、もういない。かといって、エアポートで自撮りを投稿したり、ちょっと気持ちを込めて長いLINEを送ったり、港区ではしゃぐことも許されない。おっさんであること自体が、逃れられない咎なのか。おっさんは一体、何回死ぬべきなのか――伝説のテキストサイト管理人patoが、その狂気の筆致と異端の文才で綴る連載、スタート! patoの「おっさんは二度死ぬ」【第77話】いるものいらないもの  かつては一大歓楽街として栄えていた飲み屋街もすっかりと衰退していた。  営業しているのかすら分からない煤けたシャッターが連なり、道路上に立つ怪しげな呼び込みもどこか元気がない。  電柱に貼られたイベント告知のポスターは果たして今年のものなのかわかりゃしない。そんな地元の街の栄枯盛衰に思いを馳せ、少し寂しくなっていた。  故郷に帰れば東京での疲れが癒されるかと思ったがそうではなかった。その衰退っぷりにこころが軋むばかりだ。 「この世に不必要なものなんてないと思うんだよ、みんな意味と役割がある」  山藤はそう力説した。その衰退途上にある飲み屋街の片隅でかろうじて営業していたもつ鍋屋での出来事だ。今日は、帰省をきっかけに古い友人が集まって近況を報告し合う会だった。 「例えばさ、お前が体育祭のときにやっていたアレも決して不必要ではないと思うんだよ」  山藤はハイボールのジョッキを僕に向かって突き出しながらそう言った。 「あれは不必要だろ」  僕は即座に答えた。  僕らが通っていた学校では、体育祭に向けてお金を出し合ってクラスでお揃いのハチマキを作る風習があった。そして、体育祭が終わった後のグラウンドで、女子は好きな男子からハチマキを貰うという謎の風習があったのだ。  なぜかトチ狂っていたというより、何らかの病気としか思えない精神状態だった僕は「複数の女子が貰いに来たらどうしよう! 奪い合いになったらどうしよう」と夢想するに至ってしまい、女の子を泣かせるわけにはいかないと妙に発奮し、ハチマキをジョキジョキと細切れにし始めた。  けれども、そうするとハチマキとしての機能を果たさないわけで、その細切れの布を安全ピンで繋ぎ、体育祭に臨んだのだった。ハチマキに連なる安全ピン。ちょうだいって言われたらこれを外して渡せばいい。その光景を見て僕が拝命したニックネームは「歯の矯正」だった。  結局、そこまでしたのにただの一人も貰いには来なかった。今考えると当たり前の話だが、なぜかあの時は女の子を泣かせてはいけない、と強く思っていた。これが最良の策だって信じて疑わない自分がいた。 「そもそもなんで女子が奪い合うと思ってたんだよ。まったくモテてなかったろ」 「額に安全ピンの跡がついてフランケンみたいになってたやん」  鍋の中からはモツだけが綺麗さっぱりなくなっていた。 「でも結局さ、そういうバカな行動も決して不必要じゃないんだよ」  山藤はそう言いながらもう一杯ハイボールを注文した。
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口喧嘩が弱い若者におっさんがディベート訓練を開始
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