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小池百合子が“怪物”にならざるを得なかった社会の歪みを看過してはいけない/鈴木涼美

「芦屋令嬢」育ち、謎多きカイロ時代、キャスターから政治の道へ……今まで明かされることのなかった小池百合子の半生を描いた『女帝 小池百合子』(文藝春秋刊)が話題を呼んでいる。書籍の発売をきっかけに、「カイロ大学を首席で卒業」は虚偽であるという学歴詐称疑惑も再燃中で、都知事選への影響が気になるところだ 小池百合子

ストーリー・オブ・ハー・ライフ/鈴木涼美

 評価の分かれる桐野夏生の『グロテスク』は東電OL殺人事件に着想を得たフィクションだが、女子校での人物描写があまりに巧みで、読後何年たっても生々しく記憶している人は多いと思う。恐ろしく明確なヒエラルキーが存在する女子校で、安い靴下に高級ブランドの刺繍をしながら、父親の異常な支配の下、自分の現実とかけ離れた理想の虚構を生きる少女は、後に二つの虚構を抱えることで一瞬バランスを保ち始めるが、程なくして殺される。当時多くの関心を集めた「昼間はエリート、夜は売春婦」の謎についての一つの物語である。  今となってはだいぶ渋いそんな事件と小説を思い出したのは、発売後右肩上がりに売り上げを伸ばす『女帝 小池百合子』の子供時代のエピソードの中に、類似の描写を見つけたからだ。同書によれば、芦屋といっても経済的に不安定な家庭で育った小池は、子供服店「ファミリア」から抜け出したようなおしゃれな服を日々着ていたが、実際は母親がファミリアのデザインを模して手作りしたものだったという。  自分勝手な父親の見えに翻弄される描写もやや重なり、男社会の価値観に過剰適応しながら、周囲に白い目で眼差され、外見への執着や経歴へのプライドに縛られて生きた女の物語は途中までとても似ている。そして片方は娼婦となって男に殺され、片方は東京都のトップに就いて「男」になった。  著者である石井妙子の執念すら感じる周辺取材によって紡がれた『女帝』は、小池が長らく語ってきた「自分物語」を解体し別の角度から新たな物語を構築したノンフィクションである。学歴詐称疑惑に注目が集まるが、それはこの物語の象徴的な一つの逸話にすぎず、彼女が過剰な虚飾を伴うフィクショナルな物語を生き続けていたことに焦点が当たる。  筆致はややドラマチックだが、全体として優れた小池評だと感じる読者が多いのは、我々に思い当たる節があるからだろう。都知事選で、豊洲市場移転で、希望の党を立ち上げ挑んだ衆院選で、カタカナで彩られたウイルス禍の出口戦略で、私たちも彼女が作り上げた物語を何となく共有させられ、その中を泳がされていたのではなかったか。小さな違和感を重ねながら、都合が良ければその物語を平気でのみ込んできたこちらにも、当然非がある。  証言者の多くにどこか嘲笑され、嫌われ、つながりを人脈と称し、自分の成功譚に不要な人は簡単に切り捨て、思い出を次々に「こうだったらいいな」という虚構に置き換えてきた人生が浮かび上がる時、それを単純なネガキャンとして消化できるような気楽な人は少ないだろう。男ばかりでつくられた世界を生き抜くことの過酷さを知る女やマイノリティならなおさら、過剰な武装をした「女帝」の姿はもの悲しく見える。  彼女の「物語」が生身の真実であったほうが、本当は男にも女にも実際は都合が良かったのだ。ただ、芦屋の女の子が、怪物に姿を変えなくてはいけない社会の歪みを看過するために、彼女の歪みを看過してはいけない。東電OLが神泉で殺されたような残酷ではない幕引きの物語を、今度は私たちが描き出す番だ。 写真/時事通信社 ※週刊SPA!6月16日発売号より’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

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