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「自粛中の賭け麻雀」というスキャンダルに惑わされて政治の本題を忘れるな/鈴木涼美

賭け麻雀報道を受け、処分公表のために自宅から検察庁へ向かう黒川弘務氏(21日)。政権と距離が近い黒川検事長の定年延長を可能にするとして問題視されていた検察庁法案改正案は、SNSを中心とした抗議活動を受けて事実上見送られた。何故このタイミングで黒川氏のスキャンダルが報道されたのか不可解な点も多い 黒川弘務

子飼の品格/鈴木涼美

 ピクサー映画の『Inside Out』(邦題『インサイド・ヘッド』)は、人の感情をコントロールする5つのキャラクター「Joy」(喜び)、「Sadness」(悲しみ)、「Anger」(怒り)、「Fear」(恐れ)、「Disgust」(嫌悪)が少女の内側で大冒険することで、思春期の引っ越しによるストレスや拒絶から受容に至るまでの感情の揺れを豊かに描いた。そしてこのたびの、黒川弘務元検事長の麻雀報道から辞任に至る過程は、人の内部の5つのキャラクターを実に勤勉に働かせている。  ハッシュタグを用いた抗議が奏功して検察庁法改正が事実上見送られた「Joy」、話題が恣意的な定年延長、内閣人事局の私物化から賭け麻雀に移行した「Sadness」、国民の多くが仕事すら自粛している状況で賭け麻雀をしていた者や、未だそのような形で関係性を作っている記者職に対する「Anger」、この頃合いでのリークを誰が描いたのか、官邸による子飼い切りなのか、本人による逃走なのか、マスコミと政治家が組んだ罠なのかわからない「Fear」、この期に及んでしれっとそれっぽいことを言って本来的な責任を取らず、挙げ句検察トップの現総長の責任にすり替える首相に「Disgust」。  自分でも忘れがちだが、そういえば私も既得権益として嫌われる記者クラブ加盟社の記者として働いていたことがあり、やはりそういえばと思い出したワイドショー関係者らから、記者が取材先と麻雀するのは常識か、と電話が来たりもした。番記者や記者クラブ制度を含め、発表先取りにばかりこだわる報道各社の問題点はぜひとも議論すべきだが、論点が数多あるスキャンダラスな週刊誌報道が差し込まれると、話題は細分化していく。  そして5つのキャラクターがそれぞれ暴走するピクサー映画同様、個人レベルでもワイドショーやツイッターレベルでも、感情の司令塔席が混沌とし、改正法案と官邸の恣意的な人事介入に一本化していた関心や疑惑の占める割合が減っていく。これが内閣人事局問題や恣意的人事に深入りしてほしくない人の思う壺なのは言うまでもない。再び「Fear」と「Sadness」が暴れる。  理想的なのは、政権と検察のパイプとして多くの疑惑「握り潰し」に貢献したとされ、断ち切ったのか断ち切られたのか、このほどお役御免となったように見える黒川氏が、自らの口で語り、政権を裁くことであろう。だが、パンデミックの出口戦略や経済支援策の絵はあまり描かず、政局と責任逃れの絵は素早く描いてみせる絵師が、それを封じる手立てを講じていないはずがないし、「賭け麻雀」のイメージが色濃くついた彼が口を開けば、本題に入る前に騒ぎだす民たちもいるだろう。  そもそも日本の売春やギャンブルが、違法なのにまかり通っている、あるいは当たり前にあるのに違法のまま、という状態が危ういのは、黒川氏辞任のように、恣意的に人を排除する際に用いることができるからだと思うが、そんな話を始めたら再び5つどころじゃない話題それぞれが暴走する。映画では、感情の揺れを経て、少女は変化した環境や成長を受容していくが、私たちはスキャンダルの揺れを経て何を受容するのか、もしくは何を受容すべきではないのか。本題が何であったか忘却すべきではない。 写真/朝日新聞社提供 ※週刊SPA!5月26日発売号より’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

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