「自分を表現したい」自分に気付いて
(C)「佐々木、イン、マイマイン」
その甲斐あって、1年の間に少しずつではあるが、雑用係の形で映画の現場を経験していったという。そして、ある日、武蔵野館で映画を上映していた中野量太監督と出会う。
「『チチを撮りに』(’13)に感銘を受け、何かさせてくださいと履歴書を渡したんです。その時にもらった返事は『ありがとう。でも今は何もないんだ』という言葉でした」
その後も続くフリーター生活。しかし、中野監督があるバーの一日店長を務めることをFacebookで知った内山さんはその店に行き、また中野監督と交流を持つことに。
そして、中野監督が温めていた映画の企画を実現させる最後の1年間は、どこに行くにもついて行った。
「喫茶店に行って中野さんが映画について話すのを聞いたり、時間がある時には一緒にお酒を飲んだりしていました。そして、半年後に『ウッチー、映画決まったから助監督やってくれる?』という言葉を頂いたんです」
その作品が中野監督自身の出世作ともなる『湯を沸かすほどの熱い愛』(’16)だった。そして、その時に内山さんは映画監督になることを決意。
「それまで経験した映画の現場は2~3日、しかも駐車場の整理など本当の雑用だったので、監督とカメラマンがいる現場は見たことがありませんでした。
そういう意味では映画作りを学べなかったんですね。ところが、中野さんの映画作りの準備段階を経験してわかったのは、自分は映画の現場に漠然と携わりたいわけではなく、映画で表現したいということでした」
スタイリストを志していた頃も、根本的に“洋服が好き”という動機ではなく、“自分を表現したい”という気持ちが強かったのだという。
「中野さんのそばにいてわかったことは、映画で表現をしたければ、映画の全てを決定している監督にならなくてはならないということでした。なのでそれからは、映画の現場に行くのは止めて、ひたすら自分と向き合って脚本を書き始めました」
そうして書き上げた作品が、ぴあフィルムフェスティバル2016で観客賞を受賞した『ヴァニタス』。大学生4人組がお互いの本当の自分を晒すことをできずに苦悩をする様子を描いた秀作だ。
「あの時は自分が見ている世界が狭過ぎて、作品の中に等身大の世界を重ね合わせることしかできなかったんだと思います。自分が大学に行っていたと仮定して、同世代の状況を描いたらこんな感じになるのではと物語を紡ぎました」
その後もアルバイトの日々は続いたが、King GnuのMV「The hole」をきっかけに、MV制作の依頼などが増えるようになったという。ちなみに、『ヴァニタス』は初の自主映画作品ながらも、渋川清彦さん、川瀬陽太さんといった実力派の俳優が出演している。どのようにして出演交渉をしたのだろうか。
「もちろん、直談判です。渋川さんにはインパクトを感じて欲しかったので、映画の公開で群馬にいらしている時に僕も電車に乗って会いに行きました。地元の皆さんと飲み会をしている席に同席し、終わった後、渋川さんが東京へ戻るタイミングで駅の改札で企画書を渡しました。川瀨さんは映画の上映時に劇場でサイン会をしていたのですが、サイン会の列に並んで名刺と企画書と台本を渡しました。今でもそうなのですが、いつも正面からアタックするんです」
思い立ったら即行動。「いつも猪突猛進です」と語る内山さん。これが内山さんのスタイルなのだ。
(C)「佐々木、イン、マイマイン」
そして、今、全国の劇場で大ヒット中の『佐々木、イン、マイマイン』。佐々木を演じる俳優の細川岳さんの実在する友人がモデルで、内山さんと細川さんが共に脚本の制作を担当。
誰の心にも必ずある教室にいた「佐々木」の存在が話題を呼んでいる。主人公の佐々木の友人、悠二の設定は売れない俳優。内山さんと同い年の佐々木を演じた細川さんはこれでダメなら俳優を辞めるという覚悟があったとのこと。
(C)「佐々木、イン、マイマイン」
内山さんにそうしたプレッシャーはあったのだろうか。
「頼まれてやっているわけではないので、変なプレッシャーはありませんでした。“やればなんとかなる”と。もちろん、今でも時折不安な気持ちに苛まされる時もありますが、根拠のない自信で自分を鼓舞し続けることで自分を支えていると思います」
2020年の11月から『ヴァニタス』、『青い、森』、『佐々木、イン、マイマイン』が3作続けて公開されたが、そこで共通して描かれているのは“青春の終わり”と“不在の人”、そしてラストに描かれる“希望”だった。次に撮ってみたいテーマはどのようなものなのだろうか。
「今まで撮ってきたテーマをさらに深めたいと思っています。人の生と死は隣り合わせである。それを見つめることが僕の映画製作の出発点なんです。死という、言葉や形として映せないものを、輪郭を浮き彫りにしていくことで、生を捉えてみたい。今はもっと死生観を堀り下げて真正面から“生きること”を描いていこうと思います」
常に自分と向き合い、着実に努力を重ねて来た内山拓也、28歳。彼が生死の先に描く希望とは――。次はどんな世界を私たちに見せてくれるのか。今、最も目が離せない存在である。<取材・文・撮影/熊野雅恵>
ライター、合同会社インディペンデントフィルム代表社員。阪南大学経済学部非常勤講師、行政書士。早稲田大学法学部卒業。行政書士としてクリエイターや起業家のサポートをする傍ら、映画、電子書籍製作にも関わる。
映画『佐々木、イン、マイマイン』
新宿武蔵野館、渋谷シネクイント、池袋シネマ・ロサほか全国公開