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新社会人は厚かましく自らの幸福を追求してほしい

新型コロナウイルスの影響で、多くの企業が入社式の開催を見送ったり、配信で開催するなどの対応を取った。伊藤忠商事は、入社式を中止する代わりに、会長と社長が新入社員を本社玄関ホールで出迎えた。
鈴木涼美

写真/時事通信社

LONELY 誰も孤独なのかい

 煩いオヤジを黙らせるためのいいわけというのはいくらでも持っていたほうがいいというのは、私が水商売で得た数少ない学びのうちの一つだ。  人は自分の物差しで片付かない他者の生き様や価値観に触れるとすぐになんで?と聞いてくるもので、もちろん聞かれたほうには大した理由なんてないことのほうが多い。 「なんで彼氏いないの?」とか「なんでAV出ようと思ったの?」とか「なんで仕事辞めたの? なんで離婚したの? なんでお金ないの? なんで泣いてるの?」とか、生きていると兎に角いろんな人に何かを聞かれる。そして実は自分の脳内からも「なんで私って男運がないの」「なんで幸せになれないの」と疑問は次々湧く。  全ての疑問には、嘘ではなくとも極めて軽薄ないいわけが沢山あったほうが生きやすい。そうでないと最終的に「なんで生きているのか」と思い詰めて、生きづらくなる。逆に、軽薄ないいわけを集めようと思って生きれば、逆境や困難に直面した時「後で何かのいいわけにしよう」と気楽になる。  その意味で「なぜこの会社を志望するのか?」みたいな、就活で飽きるほど聞かれる形式的な質問は、社会に出る前の訓練としては悪くない。理由のないところに知識を総動員してそれらしいいいわけをいくつも作ることは、ひいては他者の変な行動やおかしな選択を見ても、簡単に切り捨てたり断定したりしないために必要な想像力を鍛える。  今年も多くの新社会人が誕生した。コロナ禍に就職活動をせざるを得なかった者は、通常時の学生に比べて企業説明会やOB訪問の機会に恵まれず、面接もリモート形式で自分の魅力を伝えづらかったと思う。  入社してからだって、去年ほどではないにせよ、式典や歓迎会の縮小、同期の飲み会や先輩に連れられて飲み歩くのも自粛、と何かと我慢が続く。式典なんて、当たり前に開催されていた平時には鬱陶しいし必要ないと邪険にされるものだけど、できないとなると寂しいだろうし、無駄の象徴みたいな新人研修やその後の食事会だって、失った者から見たら実は役に立っていたんだと気づくかもしれない。  あらゆる不利条件は、その辺のオヤジや自分の脳内から湧き出るくだらない疑問へのいいわけに活用できると考えて折り合いをつけるしかない。会社に入ってみたら仕事が死ぬほど辛いとか上司が死ぬほど嫌だとかいうことはどんな人でもあり得るし、そんな時はとっとと逃げたらいいのだけど、逆境の中就職した今年の新人は逃げるためのいいわけに恵まれているとも考えられる。  企業選びに社会貢献度をあげる学生が増えているという。確かにSNSなど見ていても、ミクシィやブログなどが流行した時に比べて、より良い社会にしたいという若者たちの思いが溢れている気がする。  みんなの社会はみんなで良くするというのには何の文句もつけようがないけど、社会改善は必ずしも自分の幸福追求より優先しなくて良い。ここで自分が告発しなくては、ここで踏ん張らなくてはと思ってばかりでは息苦しくなることもあるので、若者にはぜひ「死んだら元も子もない」といういいわけで快適な場所まで逃げられる厚かましさを持って、コロナ禍の新生活を送ってほしい。 ※週刊SPA!4月6日発売号より
’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

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