双方の優れた点を合わせた「紙の本のような電子本」
『全巻一冊 北斗の拳』(プログレス・テクノロジーズ)。現在はバージョンアップが進み、本体が3万5000円(税別)、コンテンツカセットが(『北斗の拳』の場合)1万5300円(税別)で販売されている
篠原紙工の「こだわり」が十分に感じられる製品といえば、漫画『北斗の拳』の電子本だ。電子本と言っても、タブレット端末やPC、スマホなどで読む“通常”の形ではない。まるで豪華な紙の本のような形をしていて、開くと液晶画面が現れる。この中に全12巻のデータが入っているという。なぜこのような製品を作ったのだろうか。
「
プログレス・テクノロジーズという電子製品メーカーから『電子本を紙で作りたい』との相談があったんです。『なぜ紙でなんですか?』と聞いたら、『電子本が世の中にそれほど普及していないということは、今の形が、本当の意味でみんなが欲しがっている形ではないからだと思う』と。『では、最適な電子本とはどんなものなんだろう?』と考えたんですね」
そこで思いついたのが、この「紙の本のような電子本」だった。
「電子本に圧倒的に足りないのは、紙の本を買った時の『所有した』という満足感と、“モノ”としての質感。それを満たすことのできる電子本を作りたいと思いました。
この本は、電子本の長所である『圧倒的な情報量をコンパクトにまとめる』という点と、紙の本の長所である『見開きで読める』という点の、双方の長所を持っています。マンガの作者は、見開きを前提として描いていますから」
見開き構成で、紙の本のページをめくるように読むことができる
さらにこの本は最近の電子本とは違って、音声も出ないしダウンロードも充電もできない。電源は単三乾電池だ。
「あえて、最新の機能は採用していません」と篠原さんは語る。
「Wi-Fiや充電の規格、ケーブルのプラグの形などは、例えば10年後は変わっているかもしれません。それで読めなくなるのではダメだと。
紙の本が電子本よりも優れている点は『誰でも手に取って、いつでも読める』ということ。そして、『何十年後でも、百年以上経っても読める』ということです。
それに近づこうとしたら、時代が変わってもできるだけ変わらない規格がいい。そう考えると、乾電池の規格は長い間変わっていませんし、今後もなかなか変わることはないんじゃないかと」
この「全巻一冊」シリーズの電子本は、『北斗の拳』の後も『CITY HUNTER』『ミナミの帝王』『沈黙の艦隊』『キャプテン翼』など、続々と対応作品が増えている。
軽くて美しい、伝統的な製本技術を活かした紙製アクセサリー
製本技術を使って作られた「ikue」の紙製イヤリング
篠原紙工の製品は、出版物だけではない。例えば、紙と金箔でつくられたアクセサリーのシリーズ
「ikue」。貴金属よりも軽く、紙でできているとは思えないほど繊細で美しい。
「これも、伝統的な製本技術を活かした製品です。一枚一枚の紙の淵に金箔を塗って、手作業で大切に組み立てているんです。サイズが小さいので、より繊細な技術が必要になります」
アクセサリーとして使うためには、ただ見た目が美しいだけでは不十分だ。耐久性も重要な要素となる。
「紙の表情を保ったままで、かつ長期間使えるものでないとなりません。衝撃や水気、経年劣化に強い紙と加工・接着方法を探し求めて試行錯誤しました」
その結果として行き着いたのが、三方金(紙の三方の断裁面に金箔を塗る技術)との相性や色合い・質感が良く、耐久性の高いファンシーペーパー。紙の断面は平坦に削って、金が強力に付着して均一に光るようにした。さらに、PURノリ(反応性ポリウレタン系ホットメルト接着剤)による接着とフッ素コーティング剤による耐水加工で強度を高めた。
「PURノリというのは、無線綴じの写真集などを製本する時によく使われる接着剤。通常の倍以上の接着力があります。耐水剤についてもいろいろな素材を試した結果、最も撥水・撥油・防水・防湿・防汚に優れ、かつ人体への影響が少ないのがフッ素コーティング剤でした」
こうして一つ一つ丁寧に作られた紙製アクセサリーは、日本国内だけでなく台湾や香港、ヨーロッパでも販売されている。
ふわふわした質感の紙「ヴィベール」を使った「サンドイッチノート」。たまごサンド仕様とハムサンド仕様がある。ノートの断面にはミーリング(切削加工)をほどこして「パンっぽさ」を出したという。発案者の佐藤絵弥さんは「この紙を見た時、私にはサンドイッチにしか見えなかったんです。美味しそう……って」と語る
リングは縦か横じゃないといけないなんて誰が決めた? 「加工が難しい」と言われる斜めリング製本を実現した「ななめリングノート」。一つ一つ手作業で作られている
飲食店などで急にメモをとろうとして「ペンはあるけれど紙がない……」と、あわてて紙ナプキンにメモしたことがある人は多いだろう。このレトロな見た目の「紙ナプキンメモ」は、実際の紙ナプキンよりも書きやすい紙で作られている
クラムボンのアルバム「モメントe.p.」の紙製CDジャケット。ライブ会場などで販売するため、歌詞カードが落ちないように平ミシン綴じで縫い込んだ。タイトルは抜き加工をほどこし、黄色いタグをつけて銀でバンド名を箔押しした。デザインを担当した増渕みづ紀さんが、イラストを描いたボーカルの原田郁子さんと一緒にPC上で見て、何度も調整しながら作り上げた