仕事

これが電子書籍? 挑戦を続ける製本会社の“アイデアが生まれる現場”に密着

製本作業だけでなく、クリエイティブな部分でもお金になるような仕事を

篠原紙工の仕事6 独創的な製品を次々と生み出している篠原紙工。今後はどのようなことをしていきたいと考えているのだろうか。 「製本会社の仕事というのは、製品づくりの一部です。そうした一つ一つの分業の世界は狭いもの。単なる製本にとどまらず、お客さんの手に届くまでを見据えた仕事をしていきたい。ものづくりの企画全体に関わったうえで『うちはこの部分をやりますよ』と、そういった関わり方ができるような仕事をしていきたいと思っています。  例えば出版物の場合、出版社は印刷会社や製本会社に『著者はこういう人で、この本のコンセプトはこうで……』なんていちいち説明しませんよね。それぞれ違う会社が分業をするにしても、現場の人たちがどういうものを作るかを共有して、チームとしてやっていきたい。  いま製本会社を評価する指標というのは、ほとんどスペックだけです。価格の安さだったり納期の早さだったり。そうではなくて、企画全体を共有したうえで、本づくりのアイデアを提供する。著者、編集者、印刷会社と一緒に本をつくる。  製本会社に限らず、多くの製造業はまだまだ受け身の仕事ばかりしていて、クリエイティブな部分でお金をとろうとする考えがありません。そこを変えていけるような、製本作業だけでなく製品全体に関わるアイデアもお金になるような仕事をしていきたいと思っています」

製本会社の枠を超え、書籍の制作から販売まで

篠原紙工の仕事7 既存の製本会社の枠に留まらない仕事を続ける篠原紙工は、今年からまた新たな試みを始めた。それが「書籍の企画・制作から販売まですべてやる」ということだ。 「以前からお付き合いのあるデザイナーさんから、『写真集を出したい』というフォトグラファーの忠地七緒さんを紹介していただいたんです。彼女のブログを読んで、私はすぐに『この方と一緒に仕事をしたい』という気持ちになりました。彼女が綴っている言葉には、篠原紙工が目指しているものと共通する部分がたくさんあったからです」  書名は『あわい』。「あわい」とは、ものごとの「間」のこと。この本を作るにあたって、多くの手間と時間をかけたと篠原さんは語る。 「最初は仕事の話はせず、まずお互いの自己紹介から始めました。今の世の中、お互いがどんな人間なのか知らずに仕事を進めることがほとんどです。そんなことをしていたら、物事が進むのが遅くなるし、面倒くさいことばかりかもしれません。  でも人は本来、自分のことをわかってくれる人、興味を持ってくれる人に心を寄せるはず。そしてその“心の通じ合い”が仕事のクオリティを上げることにもつながると思っているんです」
 篠原紙工がセット販売している『あわい』とフォトフレーム

篠原紙工がセット販売している『あわい』とフォトフレーム

 今回、企画・制作から販売まですべて行うことにした理由について、篠原さんはこう説明する。 「ここ数年で、発注する側・受注する側という関係を超えた、チームになって仕事をしてくださる多くの方々と出会うことができました。その中で、ある思いが強くなってきました。  というのは、私たちの仕事は制作物や本を納品すれば業務としては完了です。しかしその後も、販売・宣伝活動が行われ、流通に乗って店頭で売られてお客さんの手に渡るまで、まだまだ仕事は続いています。チームからは離脱し、その後は応援しつつもただ眺めているだけ。  篠原紙工では制作プロセスにおいて『人と人との関係性』を重視しているのに、どこかでその後の本の行方 (売れ行き)については他人事になっているのではないか? また、企画段階で私たちの過剰な製本提案によって原価が高くなってしまい、それが販売数にまで影響が出てしまったことはないか? 販売されるということをこちら側がもっと考慮していたらもっと多くの人に本が届いていたかもしれない……。そういった思いが強くなってきたのです」 こうして試行錯誤を重ねながらじっくりと作られた『あわい』は篠原紙工のウェブサイトで直販を開始した。書籍のほか、忠地さんオリジナルのフォトフレームをセット販売している。 「忠地さんの写真の印刷とフォトフレームの制作も、当社で手がけています。今後は『制作から販売まで全部やっている』という弊社の特性を活かした販売方法を展開していこうと思います」

活字文化を残していくため、自分たちも常に変わり続ける

篠原紙工の仕事8 紙の出版物の市場縮小は、多くの製本会社にとっても危機的状況だ。しかし、篠原さんは今後の紙の本のあり方についてこう語る。 「紙から電子データになったとしても、活字文化であることには変わりはありません。紙は1000年以上活字文化の中心として君臨してきましたが、それが電子に置き換わっていくというのは、長い目で見れば大した変化ではないと思います。  僕らの世代は紙の本じゃないと物足りない人が多いけれど、生まれた時から紙よりもデジタルになじんでいる人たちは『紙で読むのは面倒くさい』と思うのも当然のこと。でもウチは紙製品を扱う会社なので、紙の活字文化を残していきたい。『紙の本が好き』という人を大切にしていきたいですね。  紙媒体の業界が『斜陽産業』と言われて久しいですが、その理由に紙離れや紙の電子化などが上げられていますが、私はそうは思いません。もちろん電子化が紙離れに影響している事実はありますが、それだけではないと思っています。  それはこの業界で働く人たちのエネルギーが下がってきたことです。お客さんだって、キラキラ輝く人たちが作った物を手に取ればワクワクするはず。お客さんの喜ぶ顔をみると作り手のモチベーションも上がります。その循環のバランスが崩れてきてしまったのだと思います。  紙の本の需要が少なくなれば、価格を上げざるを得ません。将来は1冊5000円、1万円といった額になっていくのかもしれません。それでも、数が少なくなったからこそ紙を選んでくれる人たちのために、モノとしての価値を上げていかなければならない。紙の本は今後、薄利多売から少部数・高付加価値に自然とシフトしていくでしょう。時代に合わせて、自分たちも常に変化し続けていかなければなりません。  本には、自分の人生を変えるようなインパクトのあるものもあるじゃないですか。そんな本になら1万円払っても惜しくないという人もいる。そういった人たちに向けて、紙の活字文化を担う製造者の一人として今後も努力を続けていくつもりです」 取材・文/北村土龍 撮影/時弘好香 写真提供/篠原紙工
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