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米国籍のノーベル賞受賞者を「日本人として」誇る新首相の滑稽

地球の気候変動など、複雑な仕組みを理論づけたことが評価され、米プリンストン大上級研究員の真鍋淑郎さん(90)がノーベル物理学賞を受賞。会見では「日本では、科学者が政策を決める人に助言する方法、両者の間のチャンネルが互いに通じ合っていない。米国はもっとうまくいっていると思う」と日本の研究環境への懸念も露わにした
鈴木涼美

写真/時事通信社

「他人の母親を盗みなさい」

「日本経済の目ざましい復興と共に、ますます日本人は、いい気なナルシズムにとりつかれている傾向があります。アメリカの日本ブームとやらが、日本人の鼻を高くさせているきのうきょうは殊にそうです」と三島由紀夫が書いてから60年以上経ち、日本経済は目ざましい低迷を続けている気がするが、三島が「下手に外国をほめたたえて、日本をクサしてばかりいると、右と左から国賊呼ばわりされかねない時代」と呼んだ傾向はSNS化した言語空間でますます顕著だ。  その傾向に対し三島は、日本の道路は悪い→平和を愛して来たから軍用道路が発達しなかった、日本の社会保障は不完全→社会保障が行き届きすぎる国は老人の自殺が多い、外国は夫婦そろって出かけて楽しむ→女房を家に閉じ込めて亭主ばかり外出するのは倦怠期防止策になる、とよくある日本の悪口をひっくり返し、「日本がいいという点を並べ立てれば、日本がわるいという点と、丁度同点になるに決っています」と遊んだ。  このほどノーベル物理学賞受賞が決まった米プリンストン大の真鍋淑郎氏は日本出身の米国籍だが、「日本人がイエスと言っても、それは必ずしもイエスを意味しません」「私は調和の中で暮らすことはできないものですから、それが私が日本に帰らない理由」と日本社会の同調圧力を上品に指摘する言葉は、一部の非凡で天才型の優秀な人にとってこの国がいかに居心地が悪いかを考えさせられるものだった。  三島方式でひっくり返せば、日本は凡人にとっては大変居心地がよく、故に、非凡な人を凡庸に変える力にも極めて優れていると言える。どれだけ非凡な成果を見せても、次の年も全学年の生徒と同じ教科書で学ぶため、人に目をつけられるような得意分野や個性を下手に引き伸ばさずに済む。非凡な戦績を持つ横綱の年寄襲名には親切にお小言がつく。非凡なリーダーシップなどなさそうな人たちが首相にさえなれる。  安藤百福のルーツをぶっちぎりで無視した朝ドラに倣えば、或いは北大特任教授を兼ねるベンジャミン・リスト氏のノーベル化学賞受賞を祝福する同大や報道機関が彼の生まれ故郷など全く重視していないことに倣えば、米国の研究者である真鍋氏の受賞がまるで日本の功績のように一部で報道され、選ばれなかった方の国の新首相が「日本人として誇らしい」なんて言うのは変だし、日本の事件の容疑者が在日外国籍の人だったりする時にことさらその出自を強調するのはもっと変ではある。  ただそれもひっくり返せば、いいことをしてさえいれば自分を捨てた子でも、自分の腹を痛めた子でなくともずっと自分のものだと言い張る愛情深い親のようである。昨年に続き今年もどうやら日本人のノーベル賞受賞者はいなそうだが、多少のゆかりさえあれば新聞紙面はノーベル賞で賑わうくらい、記者の盛り上げ能力も高い。  親ガチャから派生して国ガチャなんて言葉がトレンドらしいが、非凡な才能を持つ人は出てきたカプセルの中身に甘んじずに住んだり仕事をしたりする国を選べる可能性が高いのは間違いない。  翻訳小説の読みすぎとか、アメリカ小説を模倣とか、選考委員に全く不人気で芥川賞をもらえなかった村上春樹は、今や秋になると「ノーベル賞最有力候補」などと発表前から何本も記事が書かれ、受賞しなかったこともニュースになるド級の国民的スターだが、彼もまた米国が長い。  そう考えると国とは、そこから脱出可能な天才よりも、そこに居付くしかない凡庸な人にとって居心地がいい方が親切のような気もするので、凡人の私は悪口をひっくり返しながら今日も感謝の気持ちと納税を忘れないよう努めたいと思います。 ※週刊SPA!10月12日発売号より ’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

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