仕事

仕事がデキすぎた男の悲劇。江戸の豪商・銭屋五兵衛は嫉妬によるデマで獄中死

獄中で死亡して家族も悲惨な末路へ

「さようの儀、一切覚えがございません」  五兵衛がいくら否定しても聞く耳を持ってもらえない。奉行は「お咎めに値する!」の一点張りである。「いささか身に覚えのないことにて……」と、五兵衛は必死に釈明したが、そのまま牢に捕らえられてしまう。出る杭は打たれる。藩としても、不公平だと庶民に騒ぎ立てられると厄介だ。みなの凶作への不満を解消させるためにも、五兵衛をスケープゴートにしたのだろう。  五兵衛は獄中のなかで、身体に変調をきたす。牢で治療を受けたものの、小便の閉塞は悪化するばかりで、五兵衛を苦しめた。そして尋問から1カ月が経った嘉永5年11月21日、五兵衛は死去。牢内で80年の生涯に幕を閉じることとなった。  五兵衛の家族への処分もまた厳しいものだった。金も土地も資産はすべて没収。妻や息子たちは親戚のもとへ身を寄せなければならなくなったのである。  死後しばらく、五兵衛は悪徳商人とされたが、明治以降は評価が一転。海外との密貿易で活躍したロマンあふれる偉人として有名になった。五兵衛が海外と貿易したというのは伝説に過ぎないが、「開国を果たした今、もし五兵衛が生きていたならば……」というみなの思いがそんな逸話を生んだようだ。  民衆の評価はいつも勝手なものだ。五兵衛はただ仕事がデキて稼ぎに稼いだだけのこと。しかも、それをみなのために使おうとさえしたのだ。何ら落ち度はなく、あまりに理不尽である。ただ、引き返すポイントがあったとしたら、埋め立て事業だろう。長男が乗り気でなかったのは、周囲の反感を感じとっていたからではないだろうか。  仕事がデキる人は知らず知らずのうちに、周囲に有無を言わさないオーラを放ってしまいがちである。圧倒的な結果を出しているがゆえに、言動に違和感があっても、指摘しにくい状態に陥ってしまう。埋め立て事業に前のめりになった五兵衛に対して、少しでもブレーキをかけられる人がいれば、また展開は違ったのかもしれない。 『泣ける日本史』では、銭屋五兵衛のような知られざる歴史人物から誰もが知る偉人までを取り上げて、理不尽な運命に翻弄された19人の物語を紹介している。「どうやったら、他人に追い落とされずに済むのか」。そんなリスクマネジメントのための一冊として、ビジネスマンも活用できるはずだ。 <文/真山知幸>
1979年、兵庫県生まれ。2002年、同志社大学法学部法律学科卒業。上京後、業界誌出版社の編集長を経て、2020年に独立。偉人や歴史、名言などをテーマに執筆活動を行う。著書『ざんねんな偉人伝』『ざんねんな歴史人物』は累計20万部のベストセラーとなった。そのほか『偉人メシ伝 』『天才を育てた親はどんな言葉をかけていたのか?』など著作50冊以上。名古屋外国語大学現代国際学特殊講義(現・グローバルキャリア講義)、宮崎大学公開講座などでの講師活動やメディア出演も行う。最新刊は『逃げまくった文豪たち』『おしまい図鑑』。X(旧Twitter):@mayama3
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