全身が動かなくなる難病ALSに、初の治療法。「自力で寝返りを打てた」例も
「ALS(筋萎縮性側索硬化症)の症状を、副作用のリスクなしに改善させたのは、私が知る限り培養上清による治療が世界で初めてです」
こう語るのは、再生医療の研究や治療の第一人者で『驚異の再生医療』などの著書がある、名古屋大学名誉教授・上田実氏だ。くしくも6月21日は「世界ALSデー」である。
医療技術の発達によって、これまで不治の病といわれてきた病気が、症状を改善できるようになったり、完治するようになってきた。しかし、現在でも、病気の原因がわからず、有効な治療法がない病気が多くある。有効な治療法がなく、厚生労働省が難病に指定しているものだけでも、現在のところ333の病気がある。
冒頭に挙げたALSも難病指定されている病気の一つなのだが、多くの方にとってはなじみのない病気かもしれない。それもそのはずで、日本でこの病気を発症する人は10万人あたり1〜2.5人とあまり多くない。現在、日本では約1万人、世界では約40万人の患者さんがいるといわれている。
まずはALSとはどんな病気なのかを簡単に説明しておこう。
ALSは主に中年以降に発症し、手や足、のど、舌など、体中の筋肉が次第に動かせなくなってしまう。筋肉に問題があるのではなく、脳から続く中枢神経である脊髄に激しい炎症が起きて運動神経が傷つき、からだを動かすための脳からの指令が筋肉に伝わらなくなる病気だ。進行すると、呼吸に関わる筋肉の麻痺などを起こし、人工呼吸器などで呼吸を助けないと、発症後2〜5年で呼吸ができなくなり死亡することが多い。しかも意識はずっとはっきりしたままという、とても残酷な病気なのだ。
だがALSの原因や発症のメカニズムは未解明で有効な治療法は見つかっていない。多くのALS患者さんが絶望の淵に立たされていることは想像に難くない。
そのことを物語る事件が2019年11月に起きている。京都市内に住む女性のALS患者さん(当時51歳)のもとに友人を装った医師2名がおとずれ致死薬を投与した事件である。投与後患者さんは搬送先の病院で死亡が確認され、医師2名は嘱託殺人の疑いで逮捕された。女性は医師2名に事件の1年ほど前からSNSを通じて「死の措置」を依頼していたことが分かっている。
こうした過酷な運命を背負いつつも、世界的な業績を残したALS患者も少なくない。
イギリスの理論物理学者で「車いすの物理学者」として知られるスティーブン・ホーキング博士は、ALSと闘いながら量子宇宙論の分野で大きな業績を上げた。博士の活躍がきっかけかになってALSという病気が一般に広く知られるようになったのは事実である。ホーキング博士は76歳で亡くなったが、ALSを患いながら長寿を全うしたのは例外中の例外といえる。
「ALSの治療については、さまざまな研究や治療薬の開発が試みられてきましたが、有効な治療法はありませんでした。私たちの研究クループは、治療法のない難病を治す方法として、長年にわたって再生医療の研究をしてきましたが、『培養上清』という薬がALSの治療に有効であることを突き止めたのです」と上田氏は話す。
ALS(筋萎縮性側索硬化症)は、治療法のない残酷な難病
ALS治療に光明、世界初の研究とは
医学博士。専門分野は再生医療・顎顔面外科。
1949年生まれ。1982年名古屋大学医学部大学院卒業後、名古屋大学医学部口腔外科学教室入局。同教室講師、助教授を歴任し、1990年よりスウェーデン・イエテボリ大学とスイス・チューリッヒ大学に留学。1994年名古屋大学医学部教授就任、2003年から2008年、東京大学医科学研究所客員教授併任。2011年よりノルウェー・ベルゲン大学客員教授。2015年名古屋大学医学部名誉教授就任。日本再生医療学会顧問、日本炎症再生医学会名誉会員として再生医療の研究と臨床の指導にあたる。株式会社再生医学研究所代表。近著に『改訂版・驚異の再生医療』
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